第7章 ふぞろいな役者たち
第7章1話 小鹿と青年
あれは、いくつのときだったろう。
部屋が薄暗かったから、きっと
『ねぇ、かあさま。どうしてにいさまたちは、ぼくとあそんでくれないの?』
母のぬくもりにまどろみながら、エヴァンダールは訊いた。半ば夢心地だったのを覚えている。
『ちちうえも、ぼくのこと、ちっともほめてくれないんだ。ぼく、にいさまたちがやってるべんきょうだって、わかるのに……』
嘘ではなかった。
年上の兄たちが家庭教師に学んでいる勉強も、幼いエヴァンダールはきちんと理解することができた。
追いつかないのは、年齢差から来る剣の腕ぐらい。けれど、それもいずれは解決する
そんなエヴァンダールのことを、母が誇らしく思ってくれているのも知っていた。
『それはね、エヴァンダール。おまえが──……』
そのとき、母がなんと言ったのか。記憶は
でも──
あの日から、エヴァンダールは強くなろうと思った。勉強も運動も、誰にも負けないぐらいできるようになって──
そうしたら、自分は──……。
☆☆
実際には、閉店後の
一度のみ込まれてしまえば、永遠に抜け出せないアリ地獄へと、みずから降りていくような気がして……。
(…………)
ありもしない想像を振り払って、階段を降りた。
一歩足を踏み出すたびに、
階段の突き当たりまで降りて、ひとけの絶えたはずの酒場の通用口をぎぃ……と開けた。
中は、人いきれに満ちていた。どこからこんなに集まったのだろう、という人々が談笑している。
身なりのきれいな者も、ボロ同然の者もいる。一目で貴族とわかる
聖職者だとわかる巫女装束を着た娘も、売春婦のようなみだらな服を着た女も。自分のような足枷をつけた奴隷たちも……。
初めて来たときには感動した。こんなに様々な身分の者たちが一同に会して話す場所は他にない。ここでは、身分も老若男女も関係ない。みなが平等で、ひとつの目的のために夜ごと活動している。
奴隷解放戦線──グリモア王家を打倒し亡者による浄化で世界の不条理を正すための
「──小鹿」
「……! フレッド」
「よかった。なかなかアジトに来ないから心配してたんだ。大丈夫か?」
「えぇ……」
幼なじみの青年が駆け寄ってくるのを見て、女──小鹿は、緊張を解いてほっと胸をなでおろした。
小鹿というのは、フレッドがつけてくれた呼び名だ。奴隷の通し番号で呼ぶのはかわいそうだからと、幼い頃につけてくれた。
『見ていて、小鹿。いつか絶対、君を奴隷という身分から解放してあげる』
──そう約束してくれた。
そんなフレッドは成長して、今やこの地区の奴隷解放戦線のリーダーとしてみんなに慕われている。
奴隷にすぎない、幼なじみである自分のことまで心配してくれる……それだけで小鹿の心はほんのり温かくなる。
「フレッド……よかった。この間の
「あんなの、さっさと振り切ってやったさ。みんなも協力してくれたしね。それより、君の方こそ大変だったね。あのとき、剣士に斬られかけたっていうじゃないか」
「……え……?」
……身に覚えがなかった。
小鹿は首をかしげた。
「金髪蒼眼の剣士。この間の街頭演説のとき、君に剣を向けたって聞いて
「…………あ、」
──……大丈夫か?
そう言って、逃げ惑う群衆の中で小鹿が転ばないように抱き留めてくれた旅の青年剣士……思い出した。
「誤解よ。あのひとは私を助けてくれて……」
「けど、僕たちを取り締まろうとした兵士たちと一緒にいて剣をもってたんだろ?」
「それは、そうだけど……」
はぁ……とフレッドはため息をついた。
「小鹿、君は奴隷なんだ。斬り捨てたとしても、モノと同じ。誰もそいつをとがめたりしない。……僕は君のことが心配なんだよ」
「フレッド……」
「大丈夫。王政が転覆すれば、こんな馬鹿げた身分制度も終わるんだ。誰もが自由で平等な世界で、君をそんな身分から解放してあげる。こんな鋼鉄の足枷から解放されて自由になれる。そうしたら僕たち、一緒になろう……!」
──グリモア王家のなくなった世界で……。
このところ、熱に浮かされたように、フレッドは言うけれど──
本当にそうだろうか、と小鹿は思う。
確かに、亡者は誰にでも平等だ。貴族も市民も奴隷も関係なく襲い国を滅ぼす。その恐怖心をあおって、グリモア王家は人々を従えているのだと、フレッドたちは言う。
かごの鳥になって守られる代わりに税金をとり、理不尽な身分制度で人々を縛る。自分たちだけ甘い汁を吸い民を
けれど、果たしてそんなことがうまくいくのか……。
学校も通っていなくて、学のない小鹿にはわからない。
本当は──
心の底では……。
そんな胸の内も知らず、フレッドは小鹿の肩を抱いて声をひそめた。
「ここだけの話、協力者が現れたんだ」
「……協力者?」
小鹿は眉をひそめた。
「有力な貴族が俺たちの計画に協力してくれることになったんだよ。──ほら、国王の治政三十周年式典の警備見取り図。極秘情報だぜ」
「ちょっ……。こんなもの、誰がくれたの?」
──ジェイド・ルミール。
そう名乗る貴族の遣いが来たのだと、フレッドは頬を紅潮させた。
自分たちのがんばりを見ていてくれたのだと……。
「ついに叶うんだ、僕たちの悲願が……!」
狂ったような熱を帯びる幼なじみの横顔を見て──
不吉な破滅の足音を、小鹿は聞いた気がした。
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