第9章2話 破壊と救済
カツカツとしたハイヒールの音が響いた。
「話が違いますわ、エヴァ兄様」
「──!?」
褐色の肌を
ストレートの黒髪に
褐色の王女はアスターとメルの横を悠々と横切り、亡者を従えたエヴァンダールに歩み寄った。
「アスター・バルトワルドを殺すおつもりですの?」
「そう怒るな、カトリーナ。ただの小手調べさ。この程度で死ぬようなら、それまでということだ……ふふ」
「……カトリーナ……王女?」
メルが呆然とつぶやいた。
「あのひとが……アスターの
「…………っ」
アスターは、ふいと視線を逸らした。
……今では一緒に組むつもりもない。
そのカトリーナは兄王子に
「亡者どものことだって、相棒のお
「そう言うな。亡者解放戦線のアホどもが、こっちの予想以上にやる気満々でな……段取りが狂った」
連れ従えてきた亡者たちを妹王女に滅されて、しかし、エヴァンダールはむしろ
カトリーナはむくれた。
「そういうことは、こちらにもちゃんと……っ」
「怒るなってば。……ほら」
双子の王子の方が、
「どういうことだ、エヴァンダール! この亡者たちは、いったい……!」
「──もちろん、父王陛下へのサプライズプレゼントさ」
「……!?」
「
「……! なっ……!」
国王
この状況で自然死であるわけがなかった──グリモア国王の暗殺。
だが……。
会場に亡者があふれかえっている以上、事はそれだけでは済まない。
式典には国内外を含め、グリモアの
もしもそのすべてを皆殺しにしようとしているのだとしたら……。
事の重大性に、アスターは総毛立った。
「自分が何をしているのか、わかっているのか? おまえがしているのは、ノワールを滅ぼした亡者たちと同じだ! 自分の国を自分で滅ぼすつもりか!?」
「ふん。俺はそんな愚行は犯さない。政権崩壊のあとに訪れるのは……
「……
「父王やくだらん貴族どものいなくなったあとで、俺がこの国を
愕然とした。
国王を殺し、国の乗っ取りを
この期に及んで、世界を救う……だと?
「
アスターの胸を、どこか薄ら寒い予感がざわつかせた。
……思えば、ジェイドも何度も言っていた。
──救いが必要なのだと、
救いようのない現実を前にして、ひとの心はもろい。
すがるものがないと倒れてしまう……と。
だが──
「なぜだ……エヴァンダール! あんた、こんなことする必要ないだろ!? 葬送部隊で
エヴァンダールの瞳が暗い影を落とした。
「父上が
「!? なん、だと……?」
褐色の王子は憎悪に顔をゆがめて吐き捨てた。
「俺だって父上を殺したくなんかなかった。
「実験を……凍結?」
アスターは目をみはった。
滅んだノワール王国の研究を引き継いで、エヴァンダールが完成させたという秘技の実戦配備に──
──グリモア国王が……反対していた?
「父上は慈悲深い王だったよ……吐き気がするほどな。亡者を生み出したノワール王国の研究を快く思っていなかった。そして愚かにも……俺が開発した
「なっ……!」
アスターは愕然とした。
被検体の奴隷たちを大量
「本当にバカな話さ。もとより奴隷どもに人権などない。奴隷管理局が保護した逃亡奴隷は
「奴隷……を、実験に……?」
「……! メル!」
ふらり、とメルの身体がかしいだ。
エヴァンダールはメルの足枷を、その少女を支えたアスターを、愚かしいものを見るように眺めた。
「俺はこの世界を救おうとしているのに。何も切り捨てられない愚かな連中が俺を認めずにはばむ。……だから、みんな殺してやるんだ! そして、亡者に滅ぼされ清浄化された国で、この俺が、今度こそこの国を──亡者のはびこるこの世界を救う。今日の、この式典は、それに先駆けた巨大な実験場なんだよ!」
「──……外道が」
アスターの声音が、氷点下にまで下がった。
「……よくわかった。あんたは父親に認められなくて駄々をこねてるただの子どもだ」
「な……んだと?」
エヴァンダールの顔色が変わった。
「
双頭の
舞台上に亡者のいなくなった今、ふた振りの剣が真っ向から
「あんたみたいなヤツに、国を背負う資格なんかない。俺があんたをここで止める」
「…………っ! やってみろ!」
剣撃を受け止めたエヴァンダールが、ニヤリと唇をゆがめた。
☆☆
「フレデリカ、どこに行くんだ。そっちは出口じゃ……」
「いいから。ミランは黙って」
「あ。ちょっと……!」
フレデリカはマネージャーのミランと合流して、舞台そでから続く薄暗い廊下を走っていた。
亡者どもの起こした混乱のせいか、
「くっ……! ここもダメだ。脱出できない」
「カンテラの明かり、こっちにちょうだい」
「──って、さっきから何してるんだよ? ひとが必死に脱出できないか捜してるのに」
「うるさいわね。ミランのくせに生意気よ」
「なっ……!」
抗議するミランにかまわず、フレデリカはカンテラを掲げる。乱雑に散らかった室内を見渡して……微笑んだ。
「──…………あった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます