第5章 魂解析(アナリス)
第5章1話 影の慟哭
子どもが、泣いている。
金色の髪に蒼い瞳をした幼い子ども。地面に座り込んだまま、こぶしをぎゅっと丸めている。……かたわらには、小さな
子どもを見下ろした男が言った。無表情に。
『アスター、剣をとれ』
『……いやだ!』
『バルトワルド家の男児が泣くんじゃない』
(…………っ)
子どもは──幼いアスターは、びくりと肩を震わせた。
バルトワルド公爵家は、ノワール王家に代々仕える武門の一族だった。時代の
バルトワルド家の長男に生まれたアスター自身、物心がつく前から剣をもち、
幼いながらに、時折思う。
父は誰を見ているのだろう……と。
男は自分と同じ髪の色、同じ瞳の色──丸突剣に打ちすえられ、痛みに震えながら地面に倒れ込んだ子どもを見ながら……無情に声をかけた。
『いつまでそうしている──立て、アスター』
『…………っ。いやだ』
『そんな弱腰で王家をお守りできるとでも──』
『たたかいたくなんか、ない……っ』
しぼり出した声に、初めて男がけげんに眉をひそめた。
度重なる鍛錬で身体中のアザが痛み、擦りむいた
けれど、もっと痛いのは心だった。
バラバラに斬り裂かれた心が悲鳴をあげていた。
剣をとれば──
その剣は必ず誰かを傷付ける。
戦いの中に身を置くというのは、そういうことだった。
そして、振りかざした刃はアスター自身をも傷付ける。
……たくさんだった。傷付けるのも、傷付くのも。
それは自分で望んだことではない。
武門の家柄に生まれた──ただそれだけの理由で、ひとはアスターに剣をとることを求めた。
アスター自身が自分の道を決めるのも待たず、貴族の跡取りとして王家に仕えることを期待した。
幼いアスターの気持ちも、何もかも無視して。
亡者と戦う道を、当然のものとして押し付けた。
けれど、本当は……。
戦いたくなんかない──それはアスターの願いだった。
そして、幼い子どものそんなちっぽけな願いも、聞き届けられることはない。
男の目に、こらえきれない失望が浮かんだ。
『憐れだな。弱いおまえには誰も救えない……』
『…………っ!』
有無を言わせぬ父の言葉が頭上から冷たく降ってくる。
丸突剣が容赦なく振るわれて、幼い子どもをたたきのめした。
☆☆
果てしない悲しみが、胸に押し寄せていた。
まるで故国を喪ったときと同じ戦場を駆けているようだった。
亡者との戦いの中、同胞たちが倒れていく。
亡者どもの攻勢はますます激しさを増していった。
無数の
戦うのだと、自分で決めたはずだった。
守るべきものを守ると……誓ったはずだった。
なのに──
亡者に振りかざす、その剣の違和感がぬぐえない。
こびりついた不信感が、ますます動きを鈍らせるようだった。
こんな不毛な戦いの先に、何が待つというのか。
絶望の果てに、何が……。
そこへ──
「
周囲の兵士たちが興奮に
その狂騒に、アスターの背筋が
謡い手たちがつむぐ、その破滅の歌の不協和音に、脳が悲鳴をあげる。
存在自体を否定されて苦しみもだえる亡者の
──オマエナンカ、イラナイ。
(…………!?)
不意に聞こえてきた声に、アスターは身体を硬くした。
戦いの混乱の中で、届くはずのない──憎悪の響き。
生まれ落ちたことに絶望し、この世界のすべてを恨むかのような──底知れない嘆きの
──イラナイ、イラナイ、イラナイ、イラナイ……!
──憎イ憎イ憎イィィィ憎イ憎イィィィィィ……!
「ぐっ……!」
耳を
相手の存在を滅し容赦なく消し去らんとする
弱い弱い……自分。
戦いたくないと膝を抱え、うずくまるばかりの。
そんな弱さを、しかし、周囲はゆるさない。
強くなければ価値はないと言わんばかりに打ちすえ、背負わせる──防国の双璧、と。勝手な期待を押し付けて。
(…………っ)
理性も理屈も超えた悲しみが押し寄せてくる。
苦しい息の下で、つぶやきが漏れた。
「……やめろ……」
こんなものは……違う。
自分たちはこんなことを求めて戦ってきたんじゃない。
敵だからといって闇雲に憎悪し──
こんな戦いは……。
「ルリア……!」
かつてともに戦っていた
自分と同じ、救いを求める者。
癒やしを欲している者たち──アスター自身の「影」。
亡者に向かって手を伸ばした。
届くことがないと、わかっていながら……。
「……もう、やめてくれ……」
──それは滅する者じゃない。
ただ逝く先をなくして、途方に暮れているだけなんだ。
嘆き悲しんでいるだけなんだ……。
亡者の魂を
少女の鮮やかな微笑みが、困ったときに髪をいじる癖が、アスターの脳裏にひらめいて……。
「…………──メル……!」
薄緑色の灯火になることもなく、目の前で
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