最終章6話 撤退と救出

(くそ……っ!)



 アスターは舌打ちした。

 残りわずかな亡者と戦っていた前線の兵士たちが、その背後で魂送りをしていた謡い手たちが、爆発に巻き込まれてパニックにおちいる。


 総指揮官のレオンがうめいた。



「やりやがったな……あのバカ」


「……っ! まずい、会場が崩れますよ──兄上」


「あぁ。総員撤退! 怪我人を連れて退避しろ。急げ!」



 クリストフの意図をんで、レオンが叫ぶ。

 アスターもメルを連れて避難しようとした──刹那。



「アスター、危ない!」



 メルに押し出された直後、舞台の天井についていたシャンデリアが落ちてきた。



「……っ!」



 ぞっとした。

 ふたりとも巻き込まれていたら無事では済まなかった。

 もともと火事でもろくなっていた建物が、柱や天井から崩れてくる。人間だけでなく亡者どもも巻き込まれ、下敷きになって動けなくなっていた。



「助かった。……逃げるぞ、メル」


「うん……!」



 崩れ落ちる会場をあとにしようとした──刹那。

 ──……声なき声が、聞こえた気がした。



「    」



(…………!?)



 立ち止まったアスターに、メルが、不審に思って振り返った。



「アスター、どうしたの? 早く……!」


「あ、あぁ……」



 いて、前に足を進めようとする。

 背後に置いてきたものを振り切るようにして。

 生き延びなければいけない。

 生きて、帰らなくては。

 後ろを振り返っている余裕なんかない、のに……。



(…………っ。いい加減にしろよ……!)



 アスターは──……こぶしを固めた。


 砂埃すなぼこりの向こうから、ふたつの人影が現れた。

 意外な人物に、アスターは目をみはった──第一王子のレオンと第二王子のクリストフ。



「ノワールの英雄。魂送りの嬢ちゃんも急げ! 逃げるぞ!」


「……え……?」



 まさか次期国王に声をかけられるなんて思わなかったのだろう。レオンに呼びかけられてメルが瞠目した。



「愚弟の尻拭いに、おとり役で他国の人間を散々利用したあげく死なせたとなると後味が悪いのですよ──さぁ、」



 さすがに余裕なくクリストフも言う。

 そのふたりを見て、アスターは……覚悟を決めた。



「メルを頼む。安全なところに連れていってくれ」


「……!? アスターは?」


「すぐ追いかける……!」


「……おい、英雄。どこに行く!?」


「アスター、待って! 私も──」



 身をひるがえしたアスターにメルが伸ばした手は、しかし、くうを切る。本気で走る青年にメルが追いつけるわけがなかった。

 追いすがろうとしたメルの手を、レオンがつかんだ。



「!? 放して……!」


「バカ、死ぬ気か。逃げるんだよ」


「だって、アスターが……!」



 土埃つちぼこりで見えなくなった暗がりに見やって、レオンは歯噛はがみする。第二王子のクリストフに少女を押し付けた。



「クリストフ。この嬢ちゃん、気絶させてでも連れてこい。俺は他の生存者を逃がす」


「肉体労働は専門外なんですけどね……。こら、暴れないでください。あいた……!」



 必死に抵抗しながら、メルは目に涙を溜めた。



「アスター……!」



 アスターの姿は、煙に巻かれてもうどこにもなかった。

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