第25話 アイリス劇団の公演 その4

 日が落ちて暗くなり始めたころ、ステージの両脇にたいまつが燃やされた。

 僕は明かりの調整を行う裏方としてステージの脇で公演を楽しむことにする。

 

 そして、いよいよ時間となり、観客の拍手で迎えられた座長が進行役として舞台に立った。


「みなさま、アイリス劇団の公演におこしいただき、ありがとうございます。本日はゆっくりとお楽しみくださいませ。演劇の前に、まずはミアとマイラの大道芸をお楽しみください!」


 座長に促され、ミアとマイラが手を振りながら舞台に登場する。


「「みなさん! こんばんわ!」」

 ミアとマイラが観客の声援に元気に応える。


 小柄で元気な子供たちといった身なりの二人。

 巧みにボールを操り、ジャグリングをする。

 観客を挟んで投げ合ったり、見事な球さばきをみせた。

 途中、わざとボールをぶつけあい、二人でケンカするような演出も。

 そんな様子を見せては観客の笑いを誘ったりしていた。


「はぁ~い、ありがとうございました! それでは、レナによる剣技の披露をお楽しみくださいませ!」


 次にレナさんが登壇すると、ステージ上で一礼。ロングソードを構えた。


 僕を含め、メンバーが標的になる複数の棒をステージに準備する。

 呼吸を整えると、レナさんが標的を睨みつけた。


「はあぁぁぁっ!」


 気合を入れ、走りながらレナさんが叫ぶ。

 流れるような剣さばきで、標的を次々と切っていく――。

 そして、一礼で締め、レナさんが観客の歓声に応えていた。


「では、今度はイザベラによる魔法を交えた舞でござます!」


 代わってイザベラ姉さんがゆっくりと舞台に立つと、魔法で小さな炎の玉を宙に浮かべる。それを扇子の上で踊らせながら、舞って見せた。日が落ちて暗くなった中、炎を伴って踊るイザベラ姉さんは優雅で妖艶。そして、客席にも分け入って酒場のオジサンたちを魅了すると、最後に炎を花火のように空へ打ち上げて舞を締めくくった。


 観客はメンバーの出し物を楽しむと、惜しみない拍手を送ってくれた。


「それでは、演劇に移りたいと思います。演目は『流れ者の剣士』です。それでは、お楽しみください!」






 座長の案内と共に舞台脇の明かりを隠して、ステージを暗くする。


「――これは、今とは別の時間、別の世界のお話です」


 客席が静かになるのを待ってレナさんが物語の設定を話し始める。

 そして、イザベラ姉さんが魔法で舞台中央を照らす。

 そこへお姫様のような衣装に着替えた座長が、舞台中央へゆっくりと歩き出した。


「ここはトルネ。アナバル大陸の端にある。小さな国。隣の険しい山岳地帯には魔王の住む国エムデンがあるわ。彼らは人間の国、ここトルネを足掛かりに支配しようとしているの。トルネをはじめ、周辺諸国にもいくつもの魔王の使者を送り、惑わせ、支配しようとしている――」


 イザベラ姉さんの魔法で、姫を演じる座長に向かって急に風がふく。


「でも大丈夫。私には女神から与えられた力があります。そのおかげで、この国、そして、周辺諸国も魔王の力から守られているわ」


 姫が風を蹴散らすと、舞台脇の明かりが戻される――。


 その後も、なんやかんやで『流れ者の剣士』の物語が続く。

 要約すると、トルネという国は女神の力を得た座長演じる姫により、魔王軍から守られ、平和な暮らしをしていた。そんな国に魔王軍にやられ、ぼろぼろになったレナさんが演じる傭兵の剣士が流れついて忠告をするのだ。「魔王軍が攻めてくる。えべぇですぜ」と。もちろん、まともなセリフで言うんだけど。そんな死ぬ間際のような剣士を見捨てることはできず、姫は女神の力をかなり使って回復させてやるのだ。だが、狡猾な魔王軍は姫の力が弱った隙をついて姫自体をさらうことに成功してしまう。一晩休んだ翌日、命を取留め、剣士の傷は完全に回復するのだが、街は魔王軍に蹂躙された後だったのである。

 まだ身体に残る姫の力を感じながら、剣士は恩を返すため、再び剣を握る。そして、ミア、マイラが演じる魔王の部下を、えいや、えいやで排除して、最終的にイザベラ姉さん演じる魔王と対面することとなった。


「おい、魔王! 姫様を……、あぁ?」


 イザベラ姉さんのただならぬ様子を見て、レナさんが絶句する。

 そこには鎧を装備した魔王演じるイザベラ姉さんが、立ちはだかっていた。

 右手には短剣、左手にはナイフの模造刀を持つ。

 そして、まがまがしい本物の殺気を放っていた。


「俺は戦場で何度も命張ってきたが、こりゃ、本物だぞ。すげぇ、もん見せるな」


 観客席の酒場に集まったオジサンたちが盛り上がる。

 今ではさえない中年だが、少し前には戦場に立ったものも多い。

 そんな元・戦士たちはイザベラ姉さんが放つただならぬオーラを感じ取っていた。


 レナさん演じる剣士は何度も周囲に助けが入らないかと見まわす。

 だが、劇中では他メンバーもどうしようもない。

 仕方なく模造刀のロングソードの切っ先を魔王に向けることになった。


「魔王! 姫を返せ!」


 兜越しにもわかるような、ニヤリと笑うような魔王の独特の気配。


「このあたしから奪えるものなら――、やってみろっ! はあぁぁぁっ!」


 魔王が剣士に襲いかかる。

 右の短剣が鋭い弧を描いて剣士の頭を狙う。


「うわっ!」


 間抜けな声を上げ、なんとか刃をかわすが剣士は尻もちをついてしまう。


「ちょ、ちょっと待て。一度、話し合おう!」


 咄嗟に演劇を忘れ、レナさんが『素』を出してしまう。

 とりあえず、立ち上がり、魔王から間をとる。

 そんな間抜けな姿に会場に笑いが起こる。


「何を言っているのか分からんなっ! 貴様を殺す!」


 立ち上がった剣士に対して短剣での強烈な魔王の刺突。

 剣士もロングソードでそれを脇へ弾き返した。

 だが、魔王は弾かれた勢いすら利用して身体をくるりと回転。

 今度は魔王の左手のナイフが、下から顎へ向けて襲いかかる。

 剣士はスッと後ろへ引き、魔王のナイフをやり過ごした。


「おい……、ふざけるなよっ!」


 レナさんはイザベラ姉さんを睨みつけると、今度はロングソードで襲いかかった。


 ここからは、二人の本気バトル。

 劇などすっかり忘れ、二人とも模造刀で戦い続ける。


「なんだこれ! こんな戦い、戦場でも見たことねぇ!」


 観客席からは、そんな声も上がる。

 模造刀でのバトルだけでは終わるはずもない。


 イザベラ姉さんは短剣を弾き飛ばされたのを切っ掛けに、こんなものは邪魔だと兜を脱いで投げ捨てる。


「おい、絶壁バスト! かかってきやがれ!」

「黙れ! ホルスタイン!」


 それからは、ただひたすら二人が殴り合いの肉弾戦を始める。


「行け!」

「やれ!」

「左ストレートだ!」

「右フックだ!」


 酒場のオジサンたちが、さらに興奮し始める。

 よく見ると、客席には賭けを始めた者もいる。

 どうやら演劇は別のイベントに代わってしまったようだ。


「あの方々は、一体、何をしにここに来ているのかしら……」


 舞台脇ではなかなか助け出してもらえない姫様が頭を抱えて座り込む。

 止めて説教をしてやりたいのだろう。

 だが、劇の性質から魔王が倒されない限り、姫様から出ていくわけにもいかない。


「座長、ダメです。出て行ったら、劇が台無しです」

「わかっておりますわ、そのぐらいのことは――」


 僕は無意識に二人に殴りかかりに行こうとする座長を抑え込む。

 もう劇は台無しだ。

 でも、まだ、このバトルは演出だってことでなんとななるかもしれない。

 しかし、二人を許せない――、そんな座長の怒りはピークに達しつつあった。

 気がつけば僕が後ろから羽交い絞めにし、なんとか力づくで押さえこんでいる。


 そして、次第に座長はイライラが頂点に達し、おぞましいオーラを放ち始める。


「ゴラァ、くたばれ――って……」


 拳を振り上げつつ、最初に気づいたのはレナさん。


「……あっ」


 勢いが削がれたレナさんの様子に気づいて振り返り、全身に悪寒が走ったのはイザベラ姉さん。


「ま、魔王めぇ……。観念しろよ……な」

「た……、倒せるものならば……な」


 なんだか急にぎこちなくなり、二人はお芝居に戻る。

 そして、剣士が肉弾戦に夢中でその存在すら忘れていた剣をトコトコと拾ってくる。


「私には姫様、そう、女神の力があるんだー(棒読み)」

「こしゃくなー(棒読み)」

「わが剣よ、女神の力より聖剣になりて我に力を与えたまえー、えい!(棒読み)」

「あー……、やられてしまったー(棒読み)」


 先ほどのバトルが噓のように、魔王はあっさりとロングソードで倒されてしまう。

 そして、真のラスボスのように闘気を纏った姫様が登場した。


「姫……、その……ご無事そうで何より……」


 腰の引けた剣士が言う。


「ふん。そうですわね……。どういうわけだか、まだ気持ちがすぐれませんが、助かったことには違いありませんの。もう、こんなところに用はありませんわ。とにかく、帰りますわよ」


 そっけない言葉で座長演じる姫が、どことなくお礼らしき物言いをした。

 そして、姫は帰り際、倒れているイザベラ姉さんの脇腹にガッツリと蹴りを食らわせていた。

 ピクピクと悶絶しながら倒れる魔王をおいて、救出シーンは終了することになる。


 この後、物語は怒りが収まらず闘気を纏ったままの新たな魔王のごとき姫と、恐縮する剣士が結ばれ、真の魔王誕生――、ではなくて、どうやら国に平和が戻ったことになったような感じで、とりあえず演劇はなんとか、形式的には終了したのだった。





 最後に座長を中央にメンバーが舞台に勢ぞろいする。


「以上で、本日のアイリス劇団の公演は終了となります。楽しんでいただけましたら、幸いでございますわ。本日はご来場、本当にありがとうございました!」


 座長のあいさつと共にメンバーがそろって一礼。


 観客の盛大な拍手でカスターでの公演を、たぶん、大成功のうちに終えることができた。きっと、街のみんなには『拳で戦え! 新・魔王誕生!』という公演名だと記憶されることだろう。

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