第7話 ちいさな勇気が導くもの その5
座長とレナさんは、助けた僕の扱いで議論をする。
そして、唐突な話の流れに驚きながらも、顎に手を当て考えるレナさん。
「つまり、座長は少年の妹をさらったのも、一連の事件に関係するとおっしゃりたいのですか」
「それ以外にはないでしょう。もちろん、少年たちが行商をしていたというなら、最初の目的は金になりそうな荷物だったのでしょう。本来、盗賊とはそういうものです。それで、妹のクレアさんのお年は?」
「十歳になります」
僕の回答に、何故だか座長は満足げだ。
「ほら、ごらんなさい。ちょうどいい年ごろじゃありませんか。他の盗賊たちの行動とも合います。クレアさんはさらわれ、彼は殺されそうになった。つまり、その盗賊は二人を選別し、クレアさんに利用価値があると考えたのでしょう」
「とはいえ、囚われている場所がわからないのではどうしようもありません」
座長は腕を組んで考え込む。
「確かに、それはあります。ですが、今すぐどうにもならないのは、わたくしたちも同じですわ。なら、何も突き放すこともないではありませんか」
「まあ、それはそうですけど……」
何かを感じ取ったような渋い表情をしてレナさんが答える。
「でしょ? 詰まるところ、少年とわたくしたちは目的を同じくしているのですわ。ですから、ああ、ちょっと、何をなさるのですか――」
急にレナさんが座長の首根っこをつかむようにして、二人して僕から離れる。
そして、急にこそこそと二人、小声の早口で話し始めた。
「それはそうですが、少年をどうするんですかっ! 話の流れからすると、一緒に行動することになりそうじゃないですか。私たちは女だけの旅芸人。女だけなら、相手に隙ができると言っていたのは座長じゃありませんか! 団のコンセプトがダダ崩れじゃないですか!」
「レナは相変わらずお堅いですわね。確かにそうは言いましたが、要するに隙がある集団であると見せかければ良いのです。敵がわたくしたちを軽視するように仕向けることが目的です。そうすれば相手にも隙ができますわ。見れば、少年はまだまだ子供ではありませんか。なら、大丈夫です。女、子供なら、それなりに相手は警戒せず、隙ができるはずですわ!」
「一緒に行動するってことですよ! 危険に巻き込んじゃうかもしれないじゃないですか! それに、もう誰も失いたくないとか言って、ピーピー泣いてたのは誰ですか。はっきり言いましょうか? コンセプトなんか関係なくて、あのときから男は入れたくないんじゃありませんか?」
「そ、そういう、以前の話を持ち出すのは反則ですわ。とにかく、落ち着いて考えてみてください。少年は盗賊に襲われた直後に妹さんを探して、別の盗賊のところへ行ったのです。なら、また同じ行動をする可能性もありますわ。そんな少年を一人で放置する方が危険だとは思いませんの?」
「それはそうですが……」
レナさんは答えに窮する。
一応、僕に聞かせたくない話だったのかもしれないけど、全部聞こえているんだよな……。よく分からないけど、座長って呼ばれている人は僕を助けてくれるようだ。
僕は頬をかき、少し離れたところでヒソヒソと全力で話をする二人の会話を聞こえないふりをしながら、全神経を耳に集中して聞いていた。
「それに、これまで旅をしていて分かったこともあります。やはり、少年であっても男手は必要です。例えばサウナルームで調査するとなったとき、いくら腕に覚えがあるレナとはいえ、すっぽんぽんで男たちの前に出るわけにはいかないでしょう」
「確かに、それはそうですけれども……」
何かを想像して、レナさんは顔を赤らめる。
「少しいじめてしまいましたね、すみません。でも、大丈夫です。確かに、今の少年には身を守る強さすらありません。ですが、少年には勇気があります。この前襲われて、本当なら震えて閉じこもっていたいはず。それなのに妹さんのために動けるのです。強くなれるとは思いませんか。一時であれ、わたくしたちと共に歩むにふさわしいとは思いませんか、この世界を変えるために」
「うぅ……」
ガックリとうなだれるレナさん。
「今回の件が片付くまでです。よろしいですわね?」
レナさんがうなずくのを確認すると、座長が満足げに小さな胸を張って僕に近づいてきた。
「わたくしたちは、旅芸人として大陸全土を回っております。ですが、それだけではありませんの。かっこよく言えば、旅芸人は世を忍ぶ仮の姿!」
「座長、恥ずかしいから、そういう言い方はそのぐらいで」
レナさんが座長をたしなめる。
気分が乗ってきたところを邪魔され、座長は半眼でレナさんを見た。
しかし、ぶつくさ言いながらも、そういう場合でもないと察して話を進める。
「……先ほどのは忘れてくださいませ。この周辺で幼い子供が誘拐される事件が多発しているという噂があります。実は、わたくしたち、その噂の調査を行っておりますの」
急に威厳たっぷりに話しだす座長。
「それじゃ、クレアもその事件に巻き込まれた、ということでしょうか」
「たぶん。ですが、わたくしたちも調査を始めたばかりです。確証はありませんの。残念ですが、妹のクレアさんの状況は分からないのです。しかし、わたくしたちは同じところにたどりつくと考えます。クレアさんが見つかるまで、わたくしたちと共に行動してはいかがでしょうか」
それは願ってもないこと。
座長はまっすぐに僕を見つめている。
僕からお願いしたことだ。だけれども――。
「僕にはみなさんに出せるものがありません。お金も、みなさんと共に戦う力も何もないんです。それでもお願いしていいですか?」
「その辺は心配ありません。たぶん、いろいろお願いすることはありますので」
そういうと、ウインクをして座長は微笑む。
――なんだか、ちょっと心配な感じもするが、今の僕にはこれしかない。
「ぜひ、お願いします!」
その言葉を聞き、座長はうれしそうにうなずいた。
「それでは、わたくしから」
こほん、と軽く咳払い。
「わたくしは、ティナ・ダンフォード。このアイリス劇団の座長を務めております。それで、こちらが――」
「レナ・ハートネットだ。アイリス劇団の演劇では男役を演じることが多いかな。単独では剣の舞を行うこともある。あとのメンバーは――、まぁ、会ったときでいいかな」
「そうですわね」
レナさんと座長が嬉しそうに顔を見合わせる。
「僕はクリス・フォスター。僕を拾ってくれた爺ちゃんが行商をしていたので、その手伝いをしていました。何でもします。よろしくお願いします」
「ようこそ、わたくしたちのアイリス劇団へ!」
座長が差し出す手を、僕は取って握る。
しっかりとした座長の目が、僕を見つめていた。
「ところで――」
座長が興味深々と言った目で問いかける。
「クリスは何歳ですの?」
「十五歳になります……、たぶん」
プッとレナさんが噴き出す。
一方、レナさんの反応に座長は顔をしかめる。
「ただ、僕には爺ちゃんに拾われる前の記憶がないんです。最初に爺ちゃんがなんとなく決めた教えられた年齢に足しているだけで。だから、本当にそうなのかは分からないんですけど……」
「それでは――」
一瞬、座長の顔が明るくなる。
だが、レナさんが何かを制止するかのように手を突き出した。
「ダメです。クリスは十五歳です。決定です」
「いえ、でも、ひょっとしたら――」
「そんなことはありません。だいたい、本人だって分からないなら、十六とか、十七かもしれません。だから、十五歳とすべきです」
「確かに、そういう考え方もできますが……」
座長はなんだか不服そうだ。
「あの、何か……?」
「いやぁ、クリスが気にすることじゃないさ。座長は『座長』って役職なのに、一番年下なのを気にしてるのさ」
「そんなこと、気にしておりませんの!」
レナさんが笑って茶化すと、座長がぷっと頬を膨らませた。
「これで子供たちは解放されました。もう、戻りますわよ!」
そういうと、座長は一人でさっさと歩いて行ってしまった。
「あーあ、分かりやすいなぁ……。それじゃ、私たちも行こうか」
「は、はい!」
僕はレナさんの後に続いて、座長を追いかけた。
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