第8話 ちいさな勇気が導くもの その6
座長たちに連れられ、僕はついて行く。
そして、森の中に隠されていたアイリス劇団の二頭立ての幌馬車へとたどり着いた。
「やぁ、おかえり!」
笑顔で迎えてくれたのは、馬車の荷台の後ろに乗った猫耳の獣人の女の子だった。足をブラブラさせながら、満面の笑みで迎えてくれる。先ほどの話からすると、座長より幼く見えるが、年下ではないということは獣の血が混じっている影響があるのだろうか。
「ミア、そちらに問題はありませんでしたか?」
「うん。何にもないよ。でも、イザベラじゃなくて、ボクでもよかったんだけどなー」
座長の言葉にミアと呼ばれた少女が答える。
馬車の荷台からひょいと降りて笑顔を見せるミアに、レナさんは不満そうだ。
「座長と待ってろって言ったじゃないか。なんで見張っていなかったんだよ」
「えー。そんなこと言われたって。レナだって、座長が言い出したら聞かないのは分かってるよね?」
ブーっと、ふてくされるミア。
「そりゃ、そうだけど。でも、ちょっと時間稼ぎするだけで何とかなったじゃないか」
「レナは分かってないなー。お手軽レジャーみたいな感覚でみんなが出ていくからだよ。そんな楽しそうな様子を、座長が見逃すはずないじゃないか」
「別に遊んでるわけじゃないんだぞ」
「それは分かってるけど……。でも、座長だよ。座長の性格だって分かってるよね? 要するにそういうことが言いたいのさ」
「ちょっと、先ほどから聞き捨てならない会話がなされているようですけれども。今、お話をなされている、人の言うことを聞かずに好き放題しているような『座長』という方は、まさかわたくしのことではありませんよね?」
ずっと黙っていた座長が耐えかねたように腰に手をあて、レナさんとミアを交互に見る。二人は『しまった』と言わんがばかりの顔だ。
「えっと……、なんか、違うような、そんなような……。なぁ、ミア」
「うん、レナの言うように、きっと、何か違うような、そんな気がしないこともないような気がしてきたかも……」
二人とも目線を逸らせる。
「深くは追及しません。先ほどレナにはお話ししましたけれども、近頃、わたくしに対する扱いが雑になってきている気がしてなりませんの。――まあ、それはいいでしょう。それでは仕切り直します。こちらはクリス・フォスター。妹のクレアさんがさらわれたようなのです。それで、しばらく、わたくしたちと一緒に行動を共にすることになりましたわ」
「何でもやります。これから、よろしくお願いします」
「なんだか、硬いなー。ボクはミア・バートン。ミアでいいよ」
イエーイと、ミアは笑顔で右手を上げる。
僕も戸惑いつつ応じてハイタッチを交わした。
「ごらんの通り、ネコ科の血が入った獣人さ。ちっちゃいけど、きみよりかなり力持ちだよ。ところで、きみ。年はいくつだい?」
「僕は十五です」
プッと笑ってからミアが答える。
「じゃ、ボクと同じだ。ってことは、やっぱり座長が一番年下なんだね」
「わたくしは、そんなに年下だということを気にしておりませんの!」
座長は腕を組んで膨れている。
そんな座長を、クスッと笑いながらレナさんとミアが見ていた。
よくわからないけど、楽しい人たちでよかった。でも、獣人は初めて見るなぁ。
僕の目線を感じて、ミアはしっぽや耳を可愛く動かして見せる。
「気になる? 特別に触らせてあげよっか?」
興味深そうに見ていると、ミアが上目遣いで見ながら頭を近づけてきた。
僕は耳に手を伸ばしてみる。
「ひゃっ!」
「あ、ごめん」
「もっと、やさしく」
ふさふさした毛が生えていて、触り心地がいい。これ、なんだか、とっても幸せ。
「あー、もう、座長! こういう役はやっぱりミアが適任です。思いつきで変えるのもいいですけど、仕事は適材適所でお願いします」
僕がミアのモフモフした部分を楽しんでいると、大人っぽい女性の声が聞こえてきた。
振り返ると、髪の長いセクシーな女性が歩いてくる。身体だけじゃなく、胸元が強調された服装も正直、ちょっと目のやり場にも困るくらいだ。
「イザベラ、ご苦労様でした。それで、子供たちはどうなりましたか?」
「あっちこっちに逃げ回って、もう、大変……。でも、全員、見つかりました。後のことはマイラに任せてあります」
「『押し付けてきた』の間違いじゃないのか?」
「うるさいねぇ」
レナさんが付け加えると、イラっとしてイザベラと呼ばれた女性が舌打ちをして返す。
「おや?」
しかし、僕を見つけると、イザベラ姉さんが興味深そうに近づいてきた。
「宿屋に置いてきた少年じゃないか。こんな所まで追いかけてくるなんて、あたしの魅力にやられちゃったのかい?」
「いや、そういうわけではなくて――、って、ちょっと!」
いきなり、イザベラ姉さんは僕の顔を胸元に押し込むように抱き着いてくる。
ミアのモフモフとは違うけど、弾力性のある二つの山の間もとっても幸せ。
「気を失っていたんだから、イザベラのことなんか覚えているわけないだろ!」
レナさんが僕をイザベラ姉さんから引き離す。
「本当にお姉さんのことを覚えていないのかい? ふふふ。まぁ、記憶はないのかもしれないけど……。でも、その顔。もう、あたしのことが忘れられなくなりそうじゃないか」
そう言って、イザベラ姉さんが微笑む。
確かにもうちょっと、こっちの幸せタイムで楽しんでいたい気持ちも……。
「おい、クリス。いつまでも変なところに顔突っ込んだときの、間抜けな顔すんなよ」
バシッと、レナさんが僕の頭をたたく。
どうやら腑抜けな顔をしていたみたいだ。
ちょっと恥ずかしくて、自分でも顔をパチンと叩いて気合を入れる。
「あ、はい、すいません……。これから、こちらでお世話になるクリス・フォスターです。えっと、お姉さん、よろしくお願いします」
さすがに、イザベラ姉さんの顔は見られなかった。
目を逸らせたまま、僕は手を差し出した。
ふふっと笑うと、イザベラ姉さんは僕の手を取って自分の胸に当てる。
「あたしは、イザベラ・ハンプトン。魔術師でもあるけど、劇団ではこの美貌を生かした役を演じることが多いわね」
「嘘だな。どちらかというと、舞台の特殊効果と、意地悪な婆さんの役とか悪役。そんなことより、無意味に膨らんだ贅肉をクリスに触らせるなよ」
意地悪そうにレナさんが笑うと、イザベラ姉さんが舌打ちをした。
「余計なこと言うんじゃないよ。ないものねだりかい? 胸は座長以下のお子様なくせに、うるさいね!」
「誰が座長以下だ! 座長と違って、女性の魅力は十分なつもりだ。それに、悪役をやるのは事実じゃないか」
「男役ばかりの脳筋女に言われたくないね。だいたい一番年下の、女性としての成長すら始まっていない座長と自分を比べて安心している段階でもうダメ。恥ずかしくないのかしら」
「何を! 最初に恥ずかしげもなくお子様な座長引っ張り出してきたのは、そっちじゃないか!」
二人が取っ組み合いのケンカを始めようとしたところで、座長が大きく咳ばらいをする。
「さっきから聞いていれば、お互いを非難したいのかしら? わたくしを馬鹿にしたいのかしら? どっちですの! お二人の言い争いで、何の関係もないわたくしが、どうしてディスられなきゃならないのでしょう? ――そんなことより、さっきから何度も時間が巻き戻っているのかしら? この雑に扱われる感じ。とってもデジャヴ感がひどいのですけれども」
座長は声を荒げつつ、めまいがするとでも言いたげに頭に手をやってから続ける。
「みなさん、近頃、わたくしに対する扱いが酷いですわ。もう繰り返しませんけれども、よく考えてくださいませ。分かりましたわね?」
「「「はぁ~い」」」
一番年下の座長に怒られ、メンバーは仕方なく返事をする。
「レナ、覚えてな! そのうちにお仕置きしてやるからね」
「やれるもんならやってみな」
イザベラ姉さんの強い口調に、レナさんは舌を出して返した。
「そこまでです。それでは、カスターの町に向かうとしましょう!」
元気のいい座長の掛け声のもと、僕たちは馬車で先へ進むことにした。
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