第37話 城跡 その5

「お前の相手は、僕だ!」


 気がつけば僕はロングソードを手にデレクの前に立っていた。


「クリス! 止めなさい!」


 座長は止めるが、僕は首を横に振る。


「ごめんなさい。攻撃は自重しても、守りの方はじっとしている訳にはいきません。レナさんに剣を学ばせてくれた座長のためにも、ここでやらなきゃ、何のための鍛錬だったのか分からないじゃないですか」

「ですから、クリスを危険な目にあわせるために――」

「なら、これは座長とは関係ないことです。ただの卑怯な盗賊と、家族を殺された僕との戦いってことで」

「何を言っているのですかっ!」


「へへへ、俺はいいぜ、どちらでも。止められるものなら、やってみな!」


 デレクの強烈な刺突。

 僕はそれをギリギリで躱す。


「ダメです! クリス! 止めてください!」

「座長、危険です。下がってください!」


 悲壮な声で駆けだそうとした座長を、事態を察知したマイラが何とか戻って押さえる。


 そんな座長たちのことはお構いなしに、僕とデレクがぶつかると双方の剣が交差する。


「観客がうるさいが、いいのかよ」

「構わない。これはお前と、僕との戦いだ!」


 僕はデレクを押し返すと、いったん距離を取ろうとした。


「それじゃ、気兼ねなくやらせてもらうぜ!」


 しかし、瞬時に間を詰められ、連続攻撃を繰り出してくる。

 紙一重のところで僕はなんとか弾き返し続けた。


 ダメだ。この前みたいに、このまま戦い続けていたのでは負けてしまう。剣の力量も、実戦経験もコイツにはかなわない――。


 ふと、横たわったままのクレアが視界に入る。


 だけど、爺ちゃんと婆ちゃんを、そして、クレアをこんなめにあわせるヤツを、このままにしてはおけない。僕がやらなきゃ!


 僕は足を踏み込み、前へ。

 

 そこへ、デレクの横なぎの一閃。

 

 爺ちゃんとレナさんに鍛えられた身体が、無意識に反応する


 前へ!


 咄嗟に僕は身をかがめ、頭の上をかすめる刃を感じながら懐に入り込む。


 くたばりやがれっ!


 すかさず、全力で体当たりを食らわせる。

 だが、デレクの巨体は僕の突撃程度ではビクともしない。


 くそっ! 重い。


「へへへ、斬撃に飛び込む勇気は認めてやろう。戦場でも、ここまでの気合の入ったヤツは滅多にいねぇ。だが、惜しいなぁ。お前じゃ、俺には届かねぇ」


 デレクは僕の腹に膝蹴りを入れてから突き放す。

 そして、巨体からは想像もできないほどの俊敏な動きで回し蹴りを入れてきた。


 僕は吹き飛ばされ、その勢いで剣を手放してしまう。


 負けるわけにはいかないんだ!


 地面に這いつくばった僕は、一度、腰に括り付けた爺ちゃんの形見の短剣に手をやる。


『目先のことではない。自らの切っ先が指し示すところ――。その覚悟が最後の瞬間を決める』

 爺ちゃんは言った。


『なるほど。その剣で何を切り開くのか、ということですか』 

 座長は言った。


『何としてでも押し通るため、最後に自分を奮い立たせるものは自分が目指す理想だ』

 レナさんは言った。


 僕はゆっくりと立ち上がると、手放してしまったロングソードを取る。


 クレアだけじゃない。ここには何の落ち度もない子供たちが眠らされている。しかも、くだらない恨み言のためにだ。もう、戦争は終わったんだ。こんなことは、もうたくさん。こんなところで終われない。こいつを倒して前に行く。戦乱を完全に終わらせるために、僕は戦う!


 僕は剣を強く握ると、デレクを睨む。


「へへへ、これで終わりだ!」


 デレクの上段からの圧のかかった強烈な一撃。


「終わるのは、お前だっ!」


 僕は身を低くして踏み込むと、下段から左半身を前に逆袈裟で斬り上げる。

 二つの太刀筋が激しく交錯する。

 僕の剣にひびが入り、半分ほどが吹き飛んだ。


 一瞬、それを見てデレクはニヤリと笑い、その刃に全ての力を込めて僕へと向ける。


「死ねっ!」


 だが、僕は右手を放して身体を開き、剣の軌道をギリギリで躱す。

 そのまま、折れた剣を左手で振りぬくようにデレクの顔へ投げつけた。


「なにっ――」


 咄嗟にデレクは頭を振って、僕の投げた剣から逃れる。

 そのために身体のバランスが崩れた。


 その隙に僕はデレクの脇をすり抜けると同時に腰の短剣を逆手に取って抜く。


「はあぁぁぁっ!」


 そして、デレクの背中に切れ味の悪い短剣を力いっぱい突き立てた。

 確かな手ごたえ。背中から心臓を捕らえたはずだ。


「やるなぁ、小僧……」


 ドサッと、大男の倒れる音。


 盗賊たちがざわめき始めた。

 リーダーを失い、その統率力が削がれていく。


「道を開けろっ!」


 勢いを失った盗賊の隙をつき、レナさんとミアが盗賊たちを押しのける。


 これで爺ちゃんの仇は取った。だけど、爺ちゃんは戻らない――。


 短剣を見て、その柄をぎゅっと握った。


 だけど、最後に爺ちゃんが僕に残した想いは受け取れたような気がする……。


 ふと、落ち着き、クレアの方を見る。

 だが、そこにクレアはいなかった。


「クレア!」


 僕は周りを探した。

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