第10節 魔獣、復活!

第38話 魔獣、復活! その1

「怯むなっ! 決死の覚悟で挑んだデレクの意思を無駄にする気かっ! この程度で我々の復活が揺らぐことなどありはしないっ! 死守せよっ!」


 クラークの叫び声。


「「「おぉっ!」」」

 バラバラになりかけた盗賊たちの意思が、再び、一つにまとまる。


 戦いは終わってない。


「クソッ! お前ら! どけ!」


 レナさんたちが、数で勝る盗賊たちに押し返されていた。


「サイモン! 魔獣の復活を急ぐのだっ!」


 クラークが魔獣の解放を急がせる。


 すでに魔獣を解放する術式の準備を終え、サイモンと黒い外套の男たちが巨大な岩の周りを取り囲んでいた。


 僕はサイモンの前に、クレアが寝かされているのを見つける。


「クレア! いつのまにこんなことに……」


 僕が駆け寄ろうとしたとき、呪文の詠唱が始まった。


「闇に囚われし、我が同胞よ。闇の力をその身体に宿し、真なる目覚めを迎えよ」


 ふわりとクレアの身体が浮かぶ。

 そして、大きな岩の真上へと移動。

 すると、いきなり上空に巨大で禍々しい魔法円が現れた。


「イザベラ、マイラ、あの魔法を、術式を完成させてはなりませんっ!」


 座長の言葉にサイモンを狙い、イザベラ姉さんが強烈なファイアーボールを放ち、マイラが弓を引く。


 しかし、盗賊たちが体を張って攻撃を防ぐ。

 一人は自ら矢を全身に浴び、一人は自ら炎に焼かれた。


「お前らの好きにはさせねぇ」

 立ちふさがった盗賊は、身体に刺さった矢を抜く。


 そんな気迫に押され、メンバーは攻めあぐねていた。


 すでに戦争で負傷した身体。

 すでに死んでいたかもしれない元兵士たち。

 その最後のプライドがメンバーの攻撃を跳ね返していた。


 しかし、サイモンは小さく首を横に振る。


「クラーク殿、本当に百人の子供たちを揃えられたのか? これでは復活のための十分な生命エネルギーが足りない」


 そうか。教会で五人の子供を助けたから、術式が完成しないんだ。


「ここに来て何を言うかっ! やれっ! やるんだっ!」

「やれと言われればやらなくもない。しかし、何が起こっても知りませんぞ」

「構うかっ! やれっ!」


 クラークが命じると、サイモンがニヤリと笑う。


「闇を力に、邪悪を力に、呪いを力に変換し、裁きの光を漆黒の闇の奥へと封じてしまえ!」


 大地が揺れる――。


 城跡の中庭、子供たちが捕らえられている地下から大量の生命エネルギーがクレアの身体に流れ込んだ。


「いやぁぁぁぁぁっ!」


 クレアの絶叫っ!


 そして、その身体から弾丸のような閃光が岩に向かって放たれる。


『…………ドクン、……ドクン、ドクン、ドクン――』


 すると、大きな岩から心臓の鼓動のような音が響いてきた――。


「何をしているのですかっ! 早くっ! 早く止めるのですっ!」


 座長の叫びに、クラークが笑う。

 さらにサイモンが呪文を唱え続けると、術式が完成へと至る。


「――偉大なる魔獣よ! 覚醒の時、今こそ我らのもとへ!」


 魔力で小さく押しとどめられていたのか、岩は鼓動と共に徐々に大きくなり、浮かんでいたクレアの身体を取り込んでさらに大きくなる。そして、城壁一部を壊しながら、建物ぐらいまで大きくなってしまった。


「クレアッ!」


 僕は岩に向かって走る。


 大きな岩は少しずつ形を変え、その本来の姿を現してきた。

 岩肌は無数のうろこに変わり、大きな長い首と尻尾、六本の足が現れる。大きな首をグイっと持ち上げると、その頭には二つの目、そして、真っ赤な瞳を持つ第三の目が額にはあった。


「ウオォォーーーーッ!」


 地を揺るがす雄叫び。


「おぉ! ついに復活したかっ!」


 クラークの歓喜。


 そこには薄暗い月の光すら強烈に反射させる鱗で覆われ、白き山のごとき魔獣が復活していた。


「くっ……」

 座長は顔をゆがめる。


 魔獣は長い尻尾でひと薙ぎ。


「離れろ!」


 レナさんの叫びにも似た警告。

 とっさにミアと僕は尻尾の軌道から離れた。


「うわっ!」


 逃げ遅れた盗賊たちと城の建物が破壊され、薙ぎ払われていく。


「ハハハ、見たか、この力! これでアルテアも終わりだ!」


 しかし、歩き出そうとした魔獣が足を踏み外す。

 その巨体は城壁を壊し、大きな音を立ててその身を横たえたのだ。


「魔獣よ、立て! まずは、あの忌々しいガキを殺せ!」


 クラークは、座長を指さして笑う。


 だが、魔獣は立ち上がると尻尾を激しく振り、暴れ出した。

 クラークの指示には従わず、城跡に残された構造物が次々と破壊されていく。


「制御を失っておりますわ……」


 座長が見上げる。


「お、おい、大丈夫なのか」

 少しふがいない魔獣の動きに、クラークが不安げにサイモンに尋ねる。


「――残念ながら、あの魔獣の制御はできません」


 当然とでも言いたげにサイモンが言い放つ。


「は?」

「聞こえませんでしたか? あの魔獣を制御することは不可能です」

「な、なにを言うかっ! それでは最初の話とは違うではないかっ!」

「復活のための十分な生命エネルギーが足りないと申しあげたではありませんか。足りないと言うのに復活をさせろと言われれば代償として何かが犠牲になります。当然ではないですか。強行するように指示したのは、クラーク殿、あなたです。これは準備を整えていただけなかった、あなたの失態ですぞ」

「な、なんだと! で、では、元どおりに封印しろ」


 慌てるクラークにサイモンが不敵に笑う。


「不可能です。残念ながら、私があなた方のお手伝いできるのはここまで。それでは――」


 黒い服の男たちが背を向ける。


「黒ネズミども! 最初から我々を手伝う気などなかっただろう! あいつらを逃がすな! この事態の収拾をつけさせるのだ!」


 クラークの指示に盗賊たちが襲いかかる。

 しかし、黒い服の男たちは短剣を使い、手慣れた剣さばきで返り討ちにした。


「それでは、失礼――」


 そして、サイモンたちは微笑みを残して去ってしまった。


「なんてことだ……、公国の復活が……」


 クラークが立ち尽くす。

 その様子を見て、盗賊たちも魔獣から逃げるように散っている。


「だから、お友達は選びませんと、自分のセンスも疑われますわよと申しましたのに。それで、何か対策でも?」

「そのようなもの……」


 哀れな姿をさらすクラークに、座長がため息をつく。

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