第36話 城跡 その4

 クラークは肩を震わせ、急に笑い始める。


「良い……、良い、これで良いではないかっ! 神は私を見捨ててはいないようだ。最高の舞台ではないかっ! もちろん、あの日の屈辱、私とて忘れはせぬ。確かに私たちは戦争に負けた。卑劣な手を使うアルテア軍にな。そして、講和条約の締結に、一国の主の相手として送り込んできたのはヨチヨチ歩きのガキだっ! このような侮辱、私は聞いたこともないっ!」


 睨みつけてくるクラークに座長もひるまない。


「当時は戦乱の日々。アルテアはいくつもの戦場、いくつもの講和のための交渉を行っておりました。相手側も寝首をかかれはしまいかと不用意に領地から離れることはなく、また国王も国を開けることもできずにいました。それでも、条約が正当なものである証が必要だったのです。そのため、王家の人間であるわたくしも、ただ、その『血』だけが求められ立ち会うこととなったまでのことです。それが失礼であったというなら、詫びましょう。ですが、それは罪のない子供たちの未来とは関係のないことですわ」


 クラークは鼻で笑う。


「罪のない子供たち? アルテアの人間がよく言えたものだ。この城跡を見るがいい! 旧市街地を見てくればいい! それが敗北を認めた我々に対して、アルテアの行った仕打ちだっ!――子供たちを捕らえてどうするのかだったな。先ほどの質問に答えてやろう。この地に眠る伝説の魔獣ダウラギリの復活だ! 我々は魔獣と共にアルテアへの攻撃を開始するのだっ」


 クラークが率いた正規軍の間にざわめきが起こる。


 子供を保護する程度は聞いていても、兵士たちはこの城跡を警護する本当の意味を聞かされていなかったのだろう。だが、軍にとって上下関係は絶対だ。この地の統治を任されたクラークの命令は重要。しかし、メンヒ公国の上位に位置するアルテア統一王国の王女に逆らってまで行動すれば、自身はもちろん、メンヒ公国自体も逆賊扱いとして処罰、攻撃の対象とされかねない。


「フフフ、分かっておるわ。こうなってしまっては、今のお前たちにヤツは討てまい。ご苦労であった。もうカスターに着いておられるはずだ。誰か、キャンベル様にご報告を。皆の者、下がってよし!」


 戸惑いながらも、兵士たちが一人、また一人とこの場を去って行く。


 この正規軍ではメンバーに勝てない。

 だが、引きあげさせてしまっては、ますます勝ち目がなくなってしまうはずだ。


「わたくしどもと一人で戦うおつもりですの?」


 状況を見ていた座長が言う。


「まさか。正体がわかった以上、正規軍の彼らに、お前は討てないだろう。わが軍は、どこかの野良犬どもと違って見境ない行動はとらぬからな。――デレク・ウォーカー、ここに来い!」


 正規軍に代わって、荒くれた盗賊たちが城跡に集まる。

 先ほどより多い、五十人程度だ。その中央には片腕の剣士。

 そして、その脇には黒い外套を着た男たち――。


「ヘヘヘ、最初から俺が出ればよかったんだよ」


 片腕の剣士、デレクが答えると、クラークも余裕の笑みを浮かべる。


「お前はこの男たちのことなど、知りもしないだろう。フランクフォート統一戦の激戦において負傷し、軍を去らざるをえなかった者たちだ」


 よく見れば、盗賊たちは片腕の剣士だけでなく、他の者も眼帯をしているなど、どこか傷を負った者たちだ。


「お前に我々の気持ちはわかるまい。私たちの戦いはこれから始まるのだ!」

「「「おぉっ!」」」

 クラークに応えるように盗賊たちが雄叫びをあげる。


 だが、座長は冷静に腕を組む。


「なるほど。大体は分かりましたわ。それで、趣向の異なるそちらのオシャレのセンスが壊れてらっしゃる真っ黒な方々は、どのようなお友達ですの? お友達は選びませんと、自分のセンスも疑われますわよ」


 座長が挑発するも、クラークは鼻で笑う。


「ほぉ、なかなか目のつけどころは悪くないな。まさしく、お前たちが一番恐れなければならない方々だ。彼らによって魔獣は復活する」

「『秘密結社・煉獄からの解放者たち』ですか。そんな連中が信用に値するとお思いですの?」

「まあ、そんな余裕でいられるのも今のうち。さぁ、ここからが本番だ。復活劇を始めようではないかっ! サイモン、始めてくれ!」


 サイモンと呼ばれたリーダー格の男が口の端を上げ、小さく頷く。

 すると、同じ黒い外套の男たちが中庭の岩のもとへと動き出した。


「レナ、ミア、彼らを止めるのです! イザベラ、マイラ、援護を頼みます。今度は手加減なしですっ!」


 座長の指示に、レナさんとミアが走り出す。


「奴らを止めろ! 何としてでも魔獣の復活を成し遂げるのだ!」


 クラークが命じると、盗賊たちが剣を抜く。

 そして、レナさんたち二人の行く手を阻んだ。


「そこをどけ!」

「俺たちは一度死んだも同然。怖いものなどあるか!」


 今度はレナさんも剣を抜いて斬りかかるが、盗賊たちも応戦する。


 今は盗賊と言えども、元は兵士だった者たち。

 戦場で鍛えた戦う技術を備え、死をも恐れぬ決意で挑んでくる。

 これで、レナさんたちもそう簡単には道を開くことはできない。

 イザベラ姉さんたちも援護するが、押し切れないでいた。


「大将の守りがお留守だぜ!」


 混戦状態の中、デレクが座長に向かって駆け出してくる。


「しまったっ!」


 振り返ったレナさんが叫ぶ。

 だが、その道は盗賊たちに阻まれ、デレクを追うことはできないでいた。

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