第30話 旧・教会 その2

 僕は、口の端を上げ、へへへと笑う片腕の大男を見る。


 コイツ――。


 僕の体がこわばる。

 爺ちゃんと婆ちゃんを殺し、クレアをさらったあの日がよみがえった。


 あの男だ……。


 だが、強くかぶりを振る。


 レナさんの動きで鍛えられたんだ。もう、この前の僕じゃない。


 そう思うと、体の血液が沸き立つような感情が湧いてくる。


 ――やれる!


「お前、この前は、よくもっ!」


 金属の棒をグッと強く握ると、大男に迫る。


「ほぉ、どこかで?」


 大男は素早く剣を抜くと、僕の振るう金属の棒を軽く躱して身構える。


「へへへ。どこかで会ってなきゃ、ガキの行方なんて訊くわけねぇか。まぁ、心配するな。誰のことだか分からないが、まだ殺しちゃいねぇ。――だが、それも、今晩まで――」


 その笑いがむかつくんだよ!


 上段から、左右から、僕は何度も何度も打ち込む。

 だが、大男は重たいはずの大剣をパワーで軽々と振るい、僕の攻撃を弾いていく。

 レナさんの軽い動きで躱すのとは別の、剣を使った硬いガード。


 隙が無いっ! 

 だけど、剣だけが戦いじゃない。


 僕はわざと大きく上段から金属の棒を振り、相手に剣を上げて受けさせる。

 そして、瞬時に身体をかがめると、開いた男の懐に入り込もうとした。


「へへへ、見え見えなんだよ!」


 剣の柄頭を落とすように殴りつけ、大男は僕の頭を打つ。


「ぐはっ」


 僕は地面にたたきつけられた。


「ボクを忘れてないかい?」


 倒れこんだ僕を庇うように、ミアが突進。

 その倒れた僕に剣を突き立てようとした大男に一撃を食らわせた。

 大男は獣人の強力なパンチにたたらを踏むが、口元に余裕の笑みを浮かべる。


「へへへ、まぁ、そうこなくっちゃ、面白くねぇよな」

「デレク、やっちまぇ!」


 やられていた盗賊の男たちも勢いづく。


 ミアは軽いフットワークで大男のデレクに襲いかかるが、剣の切っ先を向け、ミアが飛び込んでくるのをけん制して間合いを取る。そして、たまに剣先を揺らして隙を演出し、ミアを飛び込ませては切り捨てようとする。


「コイツ、手ごわい……」


 ミアも手こずっている。


 僕は地面を見つめて呆然としていた。


 あれだけレナさんに訓練してもらったのに……。

 僕だけじゃ、全く通用しないなんて。


「クリス! 大丈夫かい?」


 ミアが僕に視線を送ってくる。

 そうだ。ここで終わるわけにはいかない。今は一人じゃないんだ。


 デレクとミアのバトルは続いている。

 ミアも攻撃を受けてはいるが、なんとか現状を維持していた。

 今もミアが素早く左右に動きながらデレクの隙をうかがっている。


 僕は大男のデレクが背を見せ、自分がその死角に入ったときに走り出した。


「こっちも忘れんなよ!」


 僕は死角から狙いつつ、わざと大きな声を上げる。

 デレクはそれに反応し、大きな体の動きで振り返った。


 そこをミアは逃さない。


 素早く一撃。

 バランスを崩したところで、僕の攻撃もヒット。

 僕たちの連係プレイの前にデレクは倒れこんだ。


「クリス、ここは引くよ」


 もちろん、不意打ちみたいなもんだ。

 悔しいが、今はそれしかなかった。


 ミアに続いて、僕も教会から撤退する。


「へへへ、もう終わりか? もっと楽しもうぜ。だいたい、ご要望のガキたちはどうするんだ? 見捨てるっていうのか? 本気か? 今晩で終わっちまうんだぜ」


 デレクの嘲笑。

 盗賊たちの笑い声。

 それらを背に、僕たちは無様な姿をさらしながら教会から逃げだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る