第8節 旧・教会

第29話 旧・教会 その1

 僕は瓦礫の中からロングソード代わりに使えそうな金属の棒を見つけると、ミアと共に教会近くの廃屋へ身を隠した。


 その窓から教会を睨みつける。

 だが、教会の前を通る者がいても、中へ入っていくものはいない。


「ねぇ、そんなに力入れないで気楽にいこうよ。いつ来るか分からないのに、その調子じゃ、疲れちゃうよぉ」


 ミアが心配そうに僕を見る。


 だけど、教会の中へ入っていくヤツはクレアが捕らえられている場所を知っている。そんなヤツを見逃すわけにはいかないんだ。


「いや、これでいいんです。あと少しだから」


 しかし、時間だけが過ぎていく――。


 そして、教会の前を通る人は誰もいなくなってしまった。


「ふわぁ~。眠くなってきちゃった……。今日は来ないのかもね」

「旧市街地とはいえ、明るくなれば誰にも見つからず子供を連れていくことは難しいと思います。夜明けまでは気を抜くわけにはいきません」


 そうは言うものの、さすがに疲れてきた。

 僕はあくびをかみ殺しながら教会を睨みつけていた。


 今日はないのかと思ったとき、一台の馬車が近づいて来る。

 教会の前で止まると、二人組の男が教会の中へ入って行った。

 男たちは剣を装備しているが、鎧などは身に着けていない。

 服装はこれまで教会前を通り過ぎて行った町の人たちと、さほど変わらない。

 だが、一人は片目に眼帯をしており、もう一人は足を引きずっている。

 そして、荒くれた雰囲気は何か普通の人ではないことを感じさせていた。


「ミア、来た。ほら、早く起きて」


 僕は声を押し殺しながらも、すっかり寝てしまっていたミアをゆすって起こす。


「んー……、本当に来たの?」


 ミアは眠そうに眼をこすりながら状況を確認する。

 そして、怪しげな幌馬車を確認すると、目つきが変わった。


「相手は何人?」

「二人。すでに中に入ってる」

「あの馬車なら、後をつけても見失うことは――、ちょっと、クリス!」


 潜んでいた廃屋から飛び出すと、僕は馬車へと走り出していた。


「ねぇ! 座長は敵のアジトを突き止めることを優先しろって言ってたよね」


 急いでついてきたミアが、声を押し殺して言う。

 だが、僕は無視した。


 馬車の中をちらりと確認する。

 クレアはいない。

 荷が積んであるだけのようだ。


 レナさんにも鍛えてもらったんだ、もう前のようにやられはしない。

 僕は金属の棒を強く握ると、教会の中へと向かった。


「ちょっと! 戦いを挑むなって座長が言ってなかった? ちゃんと聞いてた?」


「え~」と困惑しながらも、ミアも僕についてきた。


◇◆◇◆


「おい、どうするだよ! 早く城跡にガキを連れて行かなきゃ、めちゃくちゃ怒られるぞ」

「そんなことは分かってる! それより、お前、ちゃんと鍵をかけたのか?」

「かけたに決まってるだろ! ていうか、扉がぶっ壊れてんだから、鍵なんか関係あるか!」


 言い争いをしながら、男たちが地下室から上がってくる。

 間違いない。この男たちが子供たちを、クレアを連れ去ったんだ。


「クレアはどこだ!」


 男たちに向かって駆け、僕は上段から金属の棒で一撃を食らわせる。


「うぐっ!」


 一人が頭を押さえてうずくまった。


「なんだ、テメェ!」


 即座に近くの男が剣を抜いて構えようとする。


 遅い! 


 だが、そんな間を与えることなく金属の棒で腹に一突き。

 腹を押さえ、うずくまろうとしたところを、下段から逆袈裟で振り上げるようにして顔面を強打した。


「ぐあっ!」


 瞬時に二人目も制圧する。


「あ~。やっちゃった……。座長に怒られるよぉ」


 ミアが両手で口元を押さえながら、倒れこんだ男たちを見た。


 そんなこと言ったって、ジッとしていることなんて無理だ。


「でも、やっちゃったんものは仕方ないよねぇ」


 ミアもなんだか吹っ切れた感じだ。

 レナさんの動きに慣れていたせいか、なんだか簡単だった。

 これなら僕だけでもやれる。


「おい!」


 僕は最初に攻撃した盗賊の男の胸ぐらをつかんで立たせる。


「子供たちをどこへ連れていくつもりだったんだ!」

「お前ら、何者だ」


 ケガをした頭を押さえながらも男は反抗的だ。


「まだ足りないようなら続けてもいいけど、どうする?」


 立たせた男を突き放すと、金属の棒を構える。

 僕の姿に男はひるんで尻もちをつき、両手を振って制止するよう求めてきた。

 すっかり戦意は喪失しているようだ。


「待て待て。分かった、分かったよ。でも、そんなこと訊いてどうするんだ?」

「それこそ、お前が訊いてどうする? 早く言えよ」


 男は舌打ちする。


「城跡だよ。前の戦乱で破壊された城があるだろ。あそこだよ」

「全員、そこに集めるのか?」

「そんなの知るかよ」

「そういう態度をするの? いいよ、別に」


 僕は金属の棒を見せつける。


「待てよ! そういうことじゃねぇよ。こっちには、そんなことまで教えらてるわけじゃねえってことだよ」

「ねぇ、本当かどうか、試してみようよ?」


 ミアがニヤリと笑い、両手の拳を胸の前で打ちつける。


「俺は酒場で黒ネズミが話をつけて連れてきた連中から、一時的に子供をここで預かる。そして、頃合いを見計らって城跡に連れていく。俺たちが指示されているのは、それだけだ。ガキを百人集めたいそうだが、それ以外は知れらねぇよ」


 盗賊の男の顔が引きつらせながら答える。


「それじゃ、集めた子供たちはどうするんだ」

「それこそ、俺たちなんかじゃ――」


「我が公国復興の起爆剤ってやつさ」


 背中の方から別の男の声がして、振り返る。

 そこには口の端を上げ、へへへと笑う片腕の大男がいた。

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