第31話 旧・教会 その3

 僕たちはメンバーが宿泊している宿屋に向けて走っていた。


 結局、どんなに剣の鍛錬を積んだって、僕じゃダメなんだ。アイツは今晩で終わりだと言っていた。だけど、こんな僕じゃ、やっぱりクレアを救うことはできないんだ。


 どうしようもできない現実に、僕は何度も首を横に振り、ミアの後ろを走る。

 すると、装備を整えた座長たちが歩いてきた。



「今度、劇の本番で不必要に反撃したら許さないからな」

「何を許さないんだ? 自分は主役で観客に媚を売り、あたしには裏方で憎まれ役。ちょっと見せ場を作るぐらいの、何がいけないのさ」

「魔法が使えるんだから、裏方中心なのは仕方ないだろ。主役級で舞台に出てたら、舞台上の演出ができないだろうが」

「それは分かる。だが、主役級のヤツがムカつく奴だったら、気持ちよく裏方に徹することができないと思わないか?」

「なんだ? つまり、私が悪いって言いたいわけか?」

「あら、そんなこと、あたしの口から言わなきゃ分からないなんて、おつむも悪いんだね」

 

 ムッとするレナさん。

 そして、そんなレナさんをイザベラ姉さんが笑う。

 当然、そんなイザベラ姉さんをレナさんは放置するはずもない。

 互いに胸ぐらをつかみあい、吼え始める。

 それで、それを見た座長がガックリとうなだれる。


「もう、いい加減にしてください。観客の皆さんの反応を見る限り、少し本気で戦うのは演出上、なかなか面白かったですわ。ですが、素手で殴りあうのはやりすぎです。町のゴロツキどものストリートファイトではありませんのよ。闇の力で世界を支配しようとする者が素手で相手を倒そうとするなど、そのような者では畏怖される存在にはなりえません」


 二人とも座長にたしなめられて、シュンとなる。

 そんなところに、僕たちが駆けつけた。



「ごめんなさい、座長。相手に逃げられました……」

「ミア、その傷はどうしたのですか! クリスまで!」


 座長は傷を負った僕たちを見つけると、駆け寄ってきた。


「すみません……。直接、クレアの居場所を言わせようとしたのですが、クレアをさらった盗賊のリーダーの大男が現れて……、その……」


 僕の言葉に座長は青ざめる。


「ミア! 何故、クリスを止めなかったのですか! 決して相手に戦いを挑んではいけませんと、そう命じたはずです!」

「座長、ごめんなさい」


 取り乱し、感情をあらわにする座長に、ミアは弁解のしようもないと小さくなる。


「いえ、ミアが悪いんじゃありません。僕が勝手に――」

「これはアイリス劇団がやるべきことですわ。クリス自身を危険にさらすことは許されないのです」

「すみません。でも、僕だってメンバーと一緒に行動しているんです。それに、クレアは僕の妹。僕が動くことの何がダメなん出すか!」


 座長は大きく首を横に振る。


「あなたを戦力とするために、あなたを危険にあわせるために、わたくしたちとの行動を許可したのではありません! これではわたくしたちが何のために行動したのかが分からなくなってしまうではありませんか!」


 なんだよ、それ。僕は仲間じゃなかったのかよ。


 座長は僕の目に不満を感じ取ったのか、小さく首を振って嘆息する。


「――少し言い過ぎましたわね。それでも、わたくしたちとクリスでは立場が違うのです。あなたが命を懸けるまでの義務を背負う必要はないのです。そうなってしまっては、もう、わたくしは耐えられないかもしれません……。まず、無事であったのなら、今回のことは済んだことですわ。でも、これから命の危険があることは慎んでくださいませ」


 座長は深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「ミア、彼らが子供たちをどこへ連れていくのか、全くわからなかったのですか?」

「盗賊の話では、旧市街の城跡に連れていくみたい。でも、今夜、何かをやるようなんだ。だから、子供たちの命はどうなるか分からないって」

「なるほど……」


 座長は腕を組んで考え込む。


「行くしかないですよ、座長!」

「あたしなら罠を仕掛けるね。そのまま突撃するのはどうかと思う」


 僕の答えにイザベラ姉さんが異を唱える。


「だが、子供たちの命がかかっている。このまま行かないって選択肢があるのか?」


 レナさんは賛成のようだ。

 座長は難しい顔をしたまま話し始める。


「確かに何らかの企みはあるのかもしれません。ですが、レナの言うとおり、わたくしたちに見捨てる選択肢はありえませんわ。幸い、装備も整えております。このまま行ってみましょう」


 メンバーがうなずく。

 そして、みんなで向かおうとする。

 だが、座長が僕に向かって手のひらを向けて制止させた。


「クリス。あなたはダメです。ここからはかなり危険です。これ以上、一般市民であるあなたが先へ進むことはなりません」

「一般市民って何ですかっ! アイリス劇団だって、ただの旅芸人、一般市民ですよね?」

「それは……」


 座長は何かを言いたそうにしながらも目を逸らせていた。

 だが、覚悟を決めたのか僕を見つめてくる。


「そのとおりです。ですが、わたくしたちには覚悟ができておりますの。だから、クリスを危険にさらす訳にはいかないのです。妹のクレアさんを助け出すことはお約束しますわ。宿屋で待っていてください。お願いします」


 これは僕がお願いされることじゃない。

 もともと盗賊に負け、助けを求めたのは僕なんだ。それなのに――。


「僕では頼りになりませんか。足手まといですか!」


 座長はそれには答えない。


 殺されそうなところを助けてもらって、仲間のように受け入れてもらって、レナさんにも稽古をつけてもらって、妹を助けてくれるっていうんだ。これだけ良くしてもらって、言うことを聞かずに迷惑をかけて、弱いままでついて行く――。そうだ、そうだよな。どんだけ、迷惑かけるんだってことだよな。


 なんだか、自分の中の力がスッと抜けていく。


「相手が何かの痕跡を残しているかもしれませんわ。まずは教会へ行き、その後で城跡へ行くことにいたしましょう」


 もう、座長の視界に僕はないようだ。

 メンバーは少し気にかけてくれるような視線を送ってくれる。

 でも、それまで。


 メンバーは、僕を残して教会へと行ってしまった。

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