第32話 旧・教会 その4

 残された僕は、仕方なく宿屋に向かう。

 なんだかむしゃくしゃして、足元に転がっていた石を蹴り飛ばしてみた。


 クレアを助けてくれるようにお願いしたのは、僕の方じゃないか。盗賊から逃げ、妹を奪われ、情けなくすがったのは僕の方なんだ。レナさんに剣を学んで、ちょっと強くなった気になって……。だけど、爺ちゃんをやった片腕の盗賊には全く歯が立たなかった。やっぱり、僕なんかじゃ、ダメなんだ。僕みたいな弱いヤツが、座長たちと一緒にいたって仕方ないんだ。そうだ、これでいいんだ。こうすべきなんだ。最初、僕が考えていたとおりにレナさんがクレアを助けてくれる。レナさんの力量なら助けてくれるだろう。これの何がいけないんだ。


 何度も何度も同じような考えが頭の中を巡り、同じような結論が出る。

 そして、理屈ではそのとおりだと思う。

 だけど、それをそのままには到底受け入れられない。


「クリスじゃないか。どうした? 妹を助けに行くんじゃなかったのか」


 そう呼ばれて、顔を上げる。

 そこにはマイラがいた。

 救出した子供たちの安全確保が終わったのだろう。


「マイラか……。座長から来るなって、そう言われて……」

「何があった?」

「あの教会に盗賊が来たんだ。座長に言われたように監視をせずに、僕が攻撃に出たんだけど、返り討ちにあって、ミアと一緒に逃げることに……。危険だから、これ以上はダメだって」

「なるほど」

「だから……」


 僕はグッと手を握りこむ。

 そんな僕を見て、マイラが話し始めた。


「それで、クリスはそのまま帰るのか。確かに、言いつけを守らなかった悪い子が怒られるのは当たり前だな。だが、思い出せ。座長はクリスをそばに置くこと選んだんだ。私たちも座長から直接選ばれ、ここにいる。もっと自信を持て。もし、クリスが座長と共にいたいと望むなら、私は応援する。多分、他のメンバーも同じはずだ。それでは先を急ぐので――」

「えっと――」


 僕の返事を聞くことなく、マイラは足早に去って行った。


 座長が僕を選んだ? 単に、座長が子供の誘拐事件を解決するという目的と、妹のクレアを助けるという僕の目的が偶然に一致しただけじゃないか。


 僕はマイラが去った方を見る。


 もちろん、座長たちが単なる旅芸人じゃないのは感じてる。何か目的があって誘拐事件に関わってるんだ。まだ弱いし、僕にまともにできるのは劇の宣伝だけ。だけど、本当にこのままでいいのかよ。


 僕は自分の両手を開き、その手のひらを見る。


 レナさんに剣を学ばせるように配慮してもらって、領主代行への同行役にも選んで、場数を踏ませようとしてくれた。単なる利害の一致だけなら、ただの情報源として利用するだけでもよかったじゃないか。それに、これまでメンバーたちと一緒にやってきたんだろ。こんな中途半端な形じゃ、剣を教えてくれたレナさんや、面倒を見てくれた他のメンバー、声をかけてくれた座長に応えることができないじゃないか。片腕の大男の剣士にだって、ミアと一緒なら戦えたんだ。こんな僕だって、メンバーに必要としてくれる瞬間もあるはず。


 開いた両手を強く握りしめると、僕は旧市街地の教会へと走り出した。



◆◇◆◇



「特に何もありませんね」

「何かあればという程度で、もともと期待はしていませんでしたわ。それでは城跡へ向かうことといたしましょう」


 教会の礼拝堂の中で、座長とレナさんが話をしていた。


「待ってください!」


 僕はメンバーのもとへと駆け寄る。


「僕は――、僕は妹のクレアを助けるために行きますっ! それなら問題ないでしょうっ! 僕が勝手に行動する。それなら劇団に迷惑をかけることはありませんっ!」

「クリス……」


 座長は複雑な表情だ。


「まぁ、そう焦るな」


 レナさんが僕のポンポンとたたいて、なだめてくる。


「座長、もうここまで関わったのです。このままクリスを一人で行かせることは、かえって危険です。それは、クリスと出会ったときに座長が言っていたことじゃありませんか。お願いします」

「座長、私からもお願いします」


 マイラも加わった。


「ボクからもお願いします」

「そこまで杓子定規に硬いこと言うことないじゃないですか」


 ミアやイザベラ姉さんも僕を助けてくれた。

 しばらく考えていたが、座長が大きく息を吐く。


「――分かりました。確かに、レナの言うとおりです。それに、みなさまにそうまで言われて拒否できるわたくしではありませんわ。ただし、他のメンバーと違い、まだクリスの力量は不十分です。危険なことをさせるようなことはできませんわ。わたくしがダメと言ったことはダメなのです。そこは自重してください。分かりましたね?」

「はい、分かりました。もう、さっきのようなことはしません」


 僕が力強くうなずいたのを確認し、座長も少し安心したようだ。


「それじゃ、これはクリスの装備だ。いや~、宿から持ってきたものの、座長が駄々こねてクリスを連れて行かないって言いだしたときは、どうしようかと思ってさぁ」


 レナさんが笑顔で短剣とロングソードを渡してくる。


「だ、駄々をこねるとは何ですかっ! またクリスに暴走されては――」

「はいはい、分かりました。もう、終わったことじゃないですか。文句言わない」


 座長はプッと膨れるが、それでも笑顔に戻る。


「では、みなさま、向かいましょうか!」

「「「「「おうっ!」」」」」


 僕を含め、メンバーは旧市街地にある城跡へと向かった。

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