第10話 街へ その2
遂に僕たち、アイリス劇団のメンバーはカスターの町に到着した。
「それでは、座長。これから宿屋の確保、ということでよろしいですね?」
「こっちはボクたちに任せて! 座長たちは劇ができそうな場所を見つけてよ」
御者台からイザベラとミアが振り返る。
「ええ、そちらはお任せいたしますわ」
「それじゃ、ボクたちはあの花屋の前で待ってるね」
ミアが店を指さす。
「分かりました。それでは、わたくしたちは少し町を見てまわりましょう」
「「はい!」」
僕とレナさんは元気に答える。
そして、僕たちはミアたちと別れて町の中を散策することにした。
◆◇◆◇
さすがに商業都市というだけあって、活気がある。大通りには多くの商品を乗せた馬車や、多くの人々が行きかっていた。町の建物も大きく、たくさんの人が暮らしているようだ。そして、現在も町は広がっているようで、建設中の建物もたくさんある。今、まさに町が復興し、成長中といったところだ。僕もいろいろな町を回ったけど、こんなに活気のある町はそれほど多くない。
レナさんも同じように感じたようで、「ほぉ」と感嘆の声を上げて周囲を見渡している。
「こうやって眺めていると、激戦地が近くにあったとか、略奪や虐殺があったとか、そんな暗い面影はありませんね」
「はい。アルテア統一王国もその辺は考慮して、街道や町の整備など復興を支援し、力を入れておりますわ」
何故だか、レナさんの言葉を受けて座長は少しうれしそうに周囲を見ていた。
「座長、あそこはどうですか?」
レナさんが町の大通りを歩きながら、奥を指さす。
見ると、大通りの奥には大きく新しい教会があった。
実際にその場に立ってみると、教会の前には石畳の広場があり、領民に何かを伝えたり、イベントをすることができそうだ。
「どうなんでしょうか。ちょうどよさそうに、僕には思えますけど……」
「そういうときは踊ってみるのが一番ですわ」
僕の言葉を聞き、座長は広場に立つとステップを踏む。
小柄な体からは想像もできないくらい躍動的で、とても気品がある。幼いことから数多くの経験を積んでこなければ、こんな自信のある振る舞いはできないのではないだろうか。
「クリス! ほら、あなたも!」
「えっ! いや、僕、そういう経験はないので」
「何事にも最初があるものです。これも経験ですわよ」
「いや! 無理ですって!」
座長は強引に僕の手を取ると、広場に連れ出す。
「いつも相手がレナばかりでは飽きてしまいますの。男の子と踊るのは久しぶりですわ」
「えっと、僕なんかで本当にいいんですか」
座長はとても嬉しそうな笑顔で、僕を放してくれない。
「うわっ!」
余計なことを考えていると、つまずいて僕はバランスを崩す。
「ほら、クリス。何してんだよ。座長をリードしなきゃ、舞踏会で恥をかくぞ!」
笑いながらレナさんが煽ってくる。
「何言ってんですかっ! 舞踏会なんて、僕には関係ないですよ!」
思わず、僕は情けない声を出してしまう。
「どこを見ているのですか。ほら、わたくしに併せてください。大丈夫です。右手をわたくしの背中に」
「こう、ですか?」
座長との距離がグッと近くなる。
「そう、恥ずかしがる必要はありませんの。――いえ、足元ばかりを見ては、わたくしに併せられませんわよ。ステップは適当でもかまいません。それより、腰が引けていますわ。もっと、わたくしに寄り添ってください」
踊ったことなんか一度もないのに。――もう、これでどうだ!
背筋をすっと伸ばすと、座長にピタリと寄り添うようになった。
金髪のツインテールが揺れて、僕の体に触れてくる。
凄くドキドキするけど、なんとなく座長の動きがつかめるように感じた。
座長の進みたい方向へ足を進める。
笑顔に合わせてくるりと回る。
これでいいんだろうか?
「ひゃっ!」
座長と足が絡まってしまい、二人ともバランスを崩す。
二人もみ合いながらも僕が踏ん張って耐える。
すると、座長が僕の体に抱きつくように胸に飛び込んできた。
顔を上げた座長と間近で見つめあう。
きれいな座長の瞳に心奪われ見つめていると、真っ赤な顔をして座長が急に距離を取った。
「さぁ、続けますわよ」
なんだか、さらに恥ずかしくなってしまったけど何とか座長の振る舞いに併せる。
そして、しばらく踊って満足したのか、座長は軽くひざを曲げて、お辞儀をした。
「素晴らしいですわ。本当はどこかで踊っていますわよね?」
座長が僕に微笑む。
「そ、そ、そんなことあるわけありませんよ!」
僕は照れくさくて、座長を直視できなかった。
そんな僕を見て座長は、ふふっと笑う。
「へー。座長も、ずいぶん楽しそうじゃないですか。どうですか? 今回だけと言わず、これからもお傍に置いては?」
レナさんが意味ありげに笑うと、座長は視線を逸らせた。
「そ、そ、それはともかく、ちょうどよろしいですわ。ここにいたしましょう」
顔を赤らめる座長を見て、レナさんが微笑んでいた。
とりあえず、座長からは解放されたかな。
これで場所の候補地も決まったようだけれど――。
「でも、こういうところ、勝手に使っていいんですか?」
「まさか。そういうことは情報が集まるところで聴くのが一番だ。となると――」
僕の質問に、レナさんが答えながら何かを探していた。
「あそこで聴いてみようかな」
レナさんは僕たちを連れて、広場の近くの露店が並ぶ市場まで行く。そして、特ににぎわっている陽気な店主がいる露店の前で、赤く美味しそうに熟れた果物を手に取った。
「おじさん。これ、もらうよ」
コインを指で弾いて、店主に渡す。それを慣れた手つきで相手は受け取った。
「ヘイ。まいどあり」
「ところで私たち、いろんなところをまわってる旅芸人なんだけど、あそこの広場を使うには、どこで許可を取ればいいのかな?」
レナさんはおいしそうに果物を頬張りながら、親指で広場を指して見せる。
「ああ、あそこなら、領主代行事務所で許可を得ないとダメかな。だけど、最近、領主代行のクラーク様は忙しいようだぜ。もうすぐ、領主のキャンベル様が来られることになっているからな。そのためかどうかはわからないが、この間も何か大きな岩を町の中に運び込んだって話だ」
店主は腕を組んで難しい顔をする。
「岩? そんなもの、何に使うのさ」
「さあね、詳しくは分からないよ。だいたい夜中だったし、直接見たヤツの話だと白い布で隠されていたようなんだ。この町も復興したから、何かシンボルになる石造でも作るつもりなのかもしれないな。でも、その岩が変な形をしていたらしいから、山脈の奥に封印された魔獣を運び込んだって噂もあるんだぜ」
「なんだよ、その噂。随分と唐突な話だね」
胡散臭そうだなと、レナさんが眉を寄せる。
「町のみんなは噂話が好きだからね。だいたい、その方が面白そうだろ? 嘘か本当か、黒い外套を羽織った、この辺りではあまり見ないヤツが先導していたって話もある。どうだ、それっぽい話になってきただろ?」
なんだか嬉しそうに店主が言う。だが、レナさんは首を傾げながら聞いていた。
「そうか? 逆に嘘っぽくなった気がするけど」
そんなレナの反応を見て、店主は豪快に笑った。
「そりゃそうさ。キャンベル様も来られるし、街じゃ、ちょっとしたお祭りなんだよ。言ってみれば前夜祭なんだから、そうやって、みんなで楽しみたいだけのさ。とにかく、そんな訳だから、姉ちゃんたちが行っても、相手してくれないんじゃないかな」
「なるほど、参考になったよ」
「そうかい。領主代行事務所は教会の裏側の通りをまっすぐ行ったところだ。それと、姉ちゃん、美人だからこいつはサービス。難しいかもしれないが、頑張んな!」
店主はもう一個、果物をレナさんに差し出した。
「ありがとう!」
レナさんは受け取ると手を振りながら、座長たちと共に領主代行事務所へ向かった。
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