第11話 街へ その3
「――おいしそうですわね、それ」
二個目の果物にかぶりつこうとしたレナさんに、座長が言う。
「座長でもあげませんよ。これは、私の『美貌』で得たものですから」
容姿をほめられたのが嬉しかったのか、先ほどからレナさんはニヤニヤしている。
「むっ。おいしそうだと言っただけですわ」
そんなレナさんにイラついたのか、座長がそっぽを向く。
「またまた。いいですよ、座長だって欲しいものはあるでしょうから。私の美貌で得たものですけど、くださいと言えば差し上げますよ」
「うぅ……」
唸るような声を出すと、座長は半眼でレナさんを睨む。
さすがに、レナさんもやり過ぎたと言った顔をする。
「じょ、冗談ですよ。私は一個食べてますから、ほ、ほら、こっちは食べていいですから」
レナさんは腰が引けた姿勢で座長に果物を差し出す。
「なんですか、それは。犬や猫に餌を与えるのではありませんのよ」
思わず、手を出そうとしたが引っ込め、腕を組む座長。
いや、犬猫なんてかわいいものじゃないな。
むしろ野獣にエサを与える感じが近いかも。
なんだか、僕まで冷やせをかく。
文句を言いながらも、結局、座長はレナさんからパッと果物を奪い取った。
だけれども、感情的なわだかまりが残っているのが、そのまま睨み続けている。
なんかヤバいな、この雰囲気。なんとかしないと。
僕は会話の方向を変えられるものがないかと周囲を見回した。
そして、大きな建物を見つける。
「ほ、ほら、座長! あそこのお屋敷、守衛のような人がいますよ! きっと、目的の事務所だと思いますよ! 急ぎましょう!」
気分を変えるため、僕が座長に声をかける。
「あ、ああ、クリス、もう見つけたか。やるなぁ! きっとそうに違いありませんよ! 急ぎましょう!」
レナさんも僕の気遣いを察して併せてきた。
その場にいられず、次第に僕の足が速くなる。
つられるようにレナの足も速くなった。
仕方なく不満そうな座長の足も速くなり、あっという間に領主代行事務所に到着してしまった。一つ目的を果たし、レナさんと僕はほっと一安心。二人、顔を見合わせてニッと笑い合う。とりあえず、これで次の展開まで話をつなぐ嫌な時間は無くなったわけだ。
◇◆◇◆
領主代行事務所は壁に囲まれた大きな屋敷だった。
門には武器を持った守衛がいて、屋敷を守っている。
「座長、あの守衛の鎧の刻印、領主のアイガー卿のものですね。直属の軍隊から派遣されているとなると、ここが領主代行事務所で間違いないでしょう」
「そうですわね」
「それでは、座長。よろしくお願いします」
急にかしこまって、レナさんは事務所の門に向けて手を差し伸べる。
「調子がいいことですわね。まあ、よろしいでしょう」
そう言うと座長は差し出したレナさんの手に、先ほど奪い取った果物を押し付ける。そして、こほん、と咳払いをして、体格のいい髭を生やした守衛に向き合った。
「失礼します。わたくしたちはフランクフォート大陸を回り、各国の領民に笑顔を届ける旅の一座、アイリス劇団。わたくしは一座を率いる責任者のティナ・ダンフォードと申します。このカスターの地で演じる許可をいただきたく、領主代行様にお目通りを願いたい」
守衛はフンと鼻を鳴らすが、何も答えない。
仕方ないとばかりに、座長が繰り返す。
「――許可をいただきたく、領主代行様にお目通りを願いたい」
守衛は面倒くさそうに小指で耳垢をほじる。
「領主代行のクラーク様は忙しい。子供の相手などせぬ」
「何――」
レナさんが反応したところを、座長が手で制止する。
「失礼いたしました。わたくしは確かに十四であり、子供とご判断されるのも仕方なきことかもしれません。ただ、アイリス劇団の座長として、一座を率いている責任者であることも事実。どうか、許可をいただきたく、領主代行様にお目通りを願いたい」
座長は守衛に頭を下げる。
だが、守衛は視線すら合わせようとしない。
「帰れ。どうせ、誰の紹介もないのであろう。だいたい旅芸人など、素性の分からぬ者をクラーク様に会わせるわけにいかぬわ」
座長はため息をついて頭を上げる。
「分かりました。ところで、本日、領主代行様はいらっしゃるのですか?」
「先ほど出ていかれた。今は不在だ」
「なら、そう言えよ」
ぼそりとレナさんが言うと、守衛が睨みつけた。
「では、今日のところは引き返し、後日改めることといたします」
「何度来ようと、同じこと。立ち去れ」
座長は僕たちに向き直って笑顔を見せる。
「仕方ありません。今日のところは帰ることといたしましょう」
やむを得ず、僕たちは屋敷の前から離れることにした。
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