第2節 山岳路
第49話 山岳路 その1
アイリス劇団の一行は街道を進み、二頭立ての馬車に揺られていた。
よく晴れていて、小鳥のさえずりも聞こえる。
戦乱時代は終わり、とりあえず、平穏な日々が続いているのだ。
「座長、先行していたマイラがいます。そろそろガレラス王国の領土に入りますよ」
馬車の御者台から、イザベラが振り返る。
そこへ、動く馬車にヒョイとマイラが乗ってきた。
「町まではどのぐらいありますの?」
座長がマイラに質問する。
「一番近い国境の町なら、もうすぐですが――」
「お腹すいたー。おいしいもの、いっぱい食べたい!」
イザベラ姉さんの隣に座るミアが会話に割り込んでくる。
「――それなら、首都のオルカリアまで行った方がいいですね。ガレラスは小さな国ですから、ここからオルカリアまで、それほど遠くありません」
少し考えてから、マイラが答える。
「じゃ、絶対そこっ! ねぇ、そこまで行こう、座長! おいしいもの食べたい!」
「クレアもおいしいもの食べたい。食べたい、食べたい!」
ミアに連れられるように、座長の隣に座る妹のクレアまで一緒にはしゃぎだした。
「はいはい、分かりましたわ」
やれやれとばかりに、座長がため息をつく。
「わーい! 座長、大好き!」
クレアは嬉しそうに抱き着いた。
妹分のメンバーに無邪気に抱き着かれ、座長は嬉しさを隠しきれないようだ。
そう言えば、座長は一番年下なのにアイリス劇団のリーダーなのを気にしているんだった。妹が劇団に入れば迷惑になるかと思ったけど、この笑顔を見れば間違っていなかったように思う。
「うれしそうですねぇ、座長。それで、どうですか? 初めての年下のメンバーは?」
馬車の後ろから歩くレナさんが、いたずらっぽく訊く。
「はて? 何を考えているのかわかりませんが。わたくしは、みなさまの労をねぎらって差し上げたいだけですわ。せっかく色々な国を回るのですから、旅をする者ならではの喜びを提供して差し上げる。それに年上も年下もありません。そういう楽しみも必要だと思ってのことですわ」
メンバーは『素直じゃないなぁ』と言いたげな視線を座長へ向ける。
「な、なんですの! その目は!」
メンバーの視線を敏感に感じ取った座長がうろたえる。
「いや、随分、ひねくれてるなぁ、ってだけです」
慌てる座長に、レナさんが意地悪に答える。
「な、何を言うのですかっ! 素直な気持ちを言ったまでですわ」
「それですよ、それが素直じゃないんです」
「まあ、もういいじゃないですか。おいしいもの食べるんですから、仲良くしましょうよ」
いつもどおり、僕がメンバーの仲裁をしてしまっている。
若干、面倒くさいところもある人たちばかりだけど、僕もすっかりなじんでしまった。
少し前までは爺ちゃんや婆ちゃん、そして、妹のクレアと一緒だった。同じように馬車に揺られ、行商をして町を回る毎日だった。でも、盗賊に襲われ、妹がさらわれ、いろいろあって……。それで、座長が率いるこのアイリス劇団にいる。
そんなことを思うと、爺ちゃんたちに申し訳なくなってきてしまう。
「どうした? せっかくうまい飯が食えるってのに、クリスはうれしくないのか?」
レナさんが僕に言ってくる。
「いえ、別にそういうわけじゃ……。でも、クレアも元気になって、本当によかったなって」
「そうか、そうだな。平和な時代になったんだ。これからの時間は楽しいものにしなくっちゃな」
「はい」
僕は大きくうなずいた。
クレアは魔獣復活の触媒にされ、その肉体のエネルギー、魂さえも生贄にされるところだった。それが、今は楽しそうにしている。なんと言ったらいいのか、それだけで十分な気さえする。
「ところで、レナはガレラスでどのようなものが食べられるのか、知っていますの?」
座長が僕たちの会話に入ってきた。
「ミアと違って、食べ物の話はよく知らないんですけど……」
レナさんは頬をかいて苦笑いをする。
「クレアも、おいしいものの、お話したいっ!」
座長に抱き着く。
切ない目でじっと見つめられては座長が抗えるはずもなかった。
「そうですわね。せっかくですから、おいしいものの話でもしましょうか」
「わーい!」
座長はクレアの笑顔に勝てず、食べもの話をしながら旅をつづけた。
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