第48話 序章 その2
「ちょっと、飲んじまったかなぁ」
「何言ってんだ。『景気づけ』で、このぐらいは、こっそりやってただろ」
「ははは、そうだった。でなきゃ、戦場じゃ、正気は保てねぇからな」
ここはガレラス王国。
その首都、オルカリア。
夜もすっかり更け、歓楽街から少し離れたところを二人の男が歩く。一人は大男、他方は髭の男だ。酒は飲んでいるが、足取りはしっかりしており、ほろ酔いといったところ。ご機嫌な二人は戦乱時代のことを思い出しながら、楽しそうに話をしていた。
「自分は――、いや、この国は、もっと上手くやれたんじゃないだろうか」
「もちろんそうさ。だけど、国王はビビっちまったからなぁ」
「連戦連勝のカイル様が討ち取られたんだ。気持ちは分からなくはない」
「確かにな。でも、カイル様がいてくれりゃ……」
「それを言っても仕方がないさ。カイル様を守りきれなかったのは、自分たちなんだからな」
「――まぁな。ただ、カイル様がご存命なら、国王に対しても、もっといい助言ができたんじゃねぇかな。それが――」
そんな男たちの前に、一人の男が立ちはだかった。
その男は場違いにも、目元を隠したハーフマスクの白い仮面をしている。
「おっと、ようやく、おでましのようだ」
「遅せぇよ、待ってたんだぜ。あれだろ、おまえ、巷で噂の有名人だろ。オルカリアじゃ、次のダメ国王の話より、お前の話題で持ちきりなんだ。今の腰抜けお兄ちゃんの軍じゃ、捕まえることもできねぇしな。聞いたところによると、ちょこっと強ぇらしいな、ちょこっとだけ」
「おいおい、バカにしてやんなよ」
「いいじゃねぇか。でもな、残念だったな。俺たちゃ、カイル様が率いた精鋭、第一騎士団所属だったんだからな」
「あーあ、言ってやるなよ。そんなこと言ったら、相手もビビるだろ?」
へへへ、と男たちは笑いあう。
しかし、仮面の男の口元にも笑みが浮かんでいる。
「おっ、余裕って感じみたいだ。ちょっとムカつくな」
「ああ、俺もだ。コイツ、『カイル様の第一騎士団所属』と聞いて笑いやがった」
男たちは拳を上げて、ファイティング・ポーズをとる。
「こっちは、いつでもいいぜ」
「ああ、自分もだ」
「じゃ、一番槍は、俺がいただきだ!」
「あ、ちょ、待てよ!」
髭の男が走り出し、その拳が仮面の男を狙う。
だが、軽く躱すと、逆に仮面の男が髭の男に拳を入れて、吹っ飛ばす。
「何やってんだ! チクショウ! やりやがったな!」
次に、大男が殴りかかる。
一撃、また、一撃とパンチを繰り出していく。
しかし、次々と躱されてしまう。
「任せろ!」
今度は髭の男が仮面の男の腰に抱き着き、動きを止めた。
「クソッ! なめたことしやがって! 喰らえ!」
大男のストレートが、仮面の男の顔面をとらえる。
一発、二発、三発――。
仮面の男に連打が浴びせられる。
「これでどうだ!」
大男が吠える。
そして、渾身の一撃。
今度は仮面の男が吹っ飛んだ。
「なんだ、噂ほどじゃねぇな」
「この程度のヤツに、クリフォードの部隊は何してやがるんだ。やっぱり、アイツが指揮してるんじゃ、ダメだな」
二人の男は笑顔で軽く拳をぶつけあう。
そんなやり取りを見ていた仮面の男がゆっくりと立ち上がると、口の端をつりあげた。
「まだやるようだぜ」
「そう来なくっちゃ、面白くないよな」
仮面の男は口元の血を手の甲でぬぐうと、その拳を天に突き上げた。
「世界を統べる力を我に与えたえよ! エンハンスト・ボディ、レベル・アップ!」
仮面の男から、邪悪な黒い『気』が吹き上がる。
「なんだ!」
大男が身構える。
「構うことはねぇ。やることは、一つだ!」
髭の男が突撃する。
「喰らえ!」
正拳がヒットする。
だが、仮面の男はびくともしない。
「くそ! なら、これでどうだ!」
顔面に、腹に、ありったけの拳を叩きこむ。
だが、仮面の男はびくともしない。
「なんだ、コイツ……」
髭の男が呟いた瞬間――。
スパン。
仮面の男が抜いた短剣が、髭の男の首をはねる。
頭を失った身体は、力なくひざまずいた。
飛び散る血しぶき。
返り血で真っ白い仮面が、真っ赤に染まる。
だが、仮面にべったりと付着した血が、沸騰するかのように泡立ち、一瞬で仮面に吸収されていった。
「や、やりやがったな!」
大男も、短剣を抜く。
しかし、完全に気おされ、切っ先を仮面の男に向けながら、視線で逃げ道を探す。
そんな様子を感じ取り、仮面の男が静かに笑いだした。
「わ、分かった。望みどおり、相手してやる!」
大男は切っ先を向けて突撃!
「世界を統べる力を我に与えたえよ! エンハンスト・ボディ、レベル・アップ!」
さらに邪悪な黒い『気』が吹き上がり、仮面の男を包んでゆく。
禍々しい黒い炎のような『気』を身にまとい、仮面の男は口元に笑みを浮かべた。
そして、仮面の男は短剣を放り投げると、ファイティング・ポーズをとる。
「クソッ! バカにしやがって!」
刃と拳が交差する。
だが、大男の刃は、仮面の男の顔面の横をすり抜ける。
同時に、仮面の男の放ったパンチは大男の顔面をとらえた。
そして、そのまま、後ろへ倒れる大男の顔面を地面にたたきつける!
グシャリ。
頭蓋骨が潰れる鈍い音。
また、大量の返り血が仮面に飛び散る。
血を吸収する仮面。
「そうだ! その血で償え! 我に力を! ハハハ――」
そこには、みなぎる力を誇示するように血まみれの腕を突き上げた、仮面の男の笑い声だけが響いていた。
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