第15話 酒場 カイラス その3

 僕はレナさんに連れられ、宿舎の近くの馬車を停めてある広場に着いた。いくつかの馬車は停められているが、ここなら他の人に気兼ねなく剣を振ることができそうな場所だ。


「剣を持ったことはあるんだよな?」


 そう言うと、レナさんは僕に馬車から取り出したロングソードを渡してくる。


「大丈夫。これは演劇に使う模造刀だ。見た目は本物だが切れはしない。だが、特注品で作りはしっかりしている。多少のケガは恨みっこなしだ。いいか?」


 レナさんは剣を両手で上段に構えて見せる。


「分かりました。遠慮なしってことですね?」


 レナさんがうなずくのを見て、僕も剣を抜くと上段に構えた。


「さぁ、始めようか」

「よろしくお願いします!」


 僕はレナさんに向かって突進する。


 せっかく座長がチャンスを与えてくれたんだ。遠慮なんてしていられない。それに、強くならなきゃ、クレアだって助けられないんだ。


「うおおぉぉぉっ!」


 上段からの渾身の一撃。

 だが、レナさんはさらりと躱すと、すれ違いざまに僕の首の後ろに、剣の切っ先を当てる。


「なかなか良い一撃だ。太刀筋もいい。体のブレのない動きは、かなりの技術を持った者から剣を学んでいるんじゃないのか?」

「お世辞はいりません。盗賊には全く通用しなかったんですから」

「別に、お世辞を言ったつもりもないんだがなぁ。実際、剣技の基礎はできているようじゃないか。ただ、一つ言わせてもらえば、クリスの剣には気持ちが出すぎ。目の前の敵を倒す、それだけの狂戦士のようだ。強すぎる気持ちは単調な攻撃しか生まない。そんな剣は何かのきっかけで怖気づいてしまえば、勢いを失い、剣自体も鈍ってしまう。本物を相手にすれば、表面的な気持ちだけじゃ、相手に先を読まれてしまう」

「そんなこと言われたって、僕にはこれしかありませんのでっ!」


 素早く首の後ろの剣を払いのけると、僕はレナさんに剣を向ける。


 何を言われようが、今の全力を見せるしかない。


「それじゃ、これでどうですかっ!」


 上段から、右から、左から、僕は連続して剣を振るう。

 連続攻撃に押されるようでいて、レナさんは全ての刃を軽く受け流してしまう。


「ほら、全然攻撃が当たらないじゃないか。そんなことじゃ、私は倒せないぞ」


 これだけの連撃を受けても、どこかレナさんの表情には余裕がある。


「多少のケガは恨みっこなしです。レナさんだって、攻撃してくれてもいいんですよ」

「言うねぇ」

 レナさんの口元がニヤリと歪む。


 攻撃を加えた側である僕の剣を持つ両手に、岩に切りかかったかのような重い衝撃があった。そして、剣を受けたレナさんは僕の剣を軽く押し返すと、身をかがめると懐に入り込んできた。


 後ろへ突き飛ばされるような衝撃。

 次の瞬間、僕が見たのは青空。

 そして、レナさんが向ける剣先だった。


「どうした? 剣技だからと言って、常に剣でだけで攻撃するとは限らないぞ」


 投げ飛ばされていた僕は、ゆっくりと立ち上がると剣を構えた。


「まだまだやれます! お願いします!」


 僕はレナさんに向かって斬りかかった――。


※―※―※


「どうですか、レナ。――この様子だと、まだまだのようですけれども……」


 その後、ふらりとやってきた座長は、呼吸を荒げて倒れている僕の姿を見つける。何度襲いかかっても軽くかわされ、真剣なら何度も命を落としている。僕はそんな無様な姿を座長にさらしていた。


「いやぁ、クリスはしつこい! 本当に参ったよ」


 レナさんは頭をかくが、笑顔で呼吸一つ乱れていない。


 結局、一度もレナさんに刃を入れることができなかった。今の僕の力じゃ、全く届かないんだ……。


「それで、レナは先生となったわけですが、クリスの見立てはどうですの?」


 僕の様子を見た後、座長がレナさんに向かって言う。


「経験として手合わせの数をこなす必要はありますが、悪くはありません。基本的な技術で私が教えることは、ほとんどありませんから」 

「なるほど。それで、わたくしたちと共に戦えそうですか?」


 レナさんが顎に手をあてて少し考える。


「そうですね……、クリスの剣は目の前の相手を倒す、目先のことだけに集中しすぎです。実力者同士の勝負は一瞬。真剣においては気持ちの揺らぎが生死を分けます。今の力量では、本物が持つ揺るがぬ執念のようなものを前にすれば動揺してしまい、最後の一太刀を入れることは難しいでしょう。それでも、クリスなら乗り越えられるはずです」

「なるほど。その剣で何を切り開くのか、ということですか」


 座長は小さくうなずきながら、僕を見た。


 そんなこと言われたって、目の前の相手を倒すために剣を持つんじゃないか。それ以外に何があるんだよ。


「そろそろ時間です。運動をすればお腹もすくでしょう。酒場に向かいませんか? どういうお店なのか存じませんが、酒以外にも何か食べ物も出すでしょう。少し休憩したのちに、皆で向かうことにいたしましょう」

「分かりました。――クリス、大丈夫か? まぁ、しばらく休んでな」


 座長にレナさんが一人返事をして模造刀を片付け始める。だが、僕はまだ荒い呼吸を整えながら地面に倒れたままでいた。

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