第56話 襲撃! その2

「てやぁぁぁぁーーーーっ!」

 突然、少女の叫び声。


 声の方を見ると、僕に向かって誰かが飛び蹴りをしてくる。

 慌てて身体を振って躱すと、何者かが目の前を横切り、建物の脇に置いてあった水がめを派手にぶち壊した。


「ようやく見つけた! 貴様が世間で話題の『冥界からの放浪者』だな!」


 壊した水がめの破片の中から、ずぶ濡れの少女が立ち上がった。

 少女は小柄な身体で、活発そうなショートカット。見たところは、まだ子供といったところだ。そして、バンダナを巻いて口元を隠し、その正体を隠している。ただ、それよりも特徴的なのは全身の少し黒い肌に光る紋様が浮かび上がっていることだった。


「いや、僕は関係ないって!」

「何を言うかっ! 女性に襲いかかっているではないかっ!」


 少女の目線の先にはリアさんがいた。


「これは『大丈夫ですか』って、声かけただけじゃないか」

「やはり、そうくるか。いいぞ。犯人は簡単には認めないものだ! そのぐらい、わらわでも分かるぞ!」

「なんだよ、それ! 僕がやったって証拠でもあるのか!」

「むしろ、こっちが訊きたい。まず、周りを見ろ! お前以外の女性はみんな倒れたり、座り込んでいるではないか! これ以上の何の証拠が必要と言うのだ!」


 僕は周りを見る。


 先ほどまで気を失っていた座長、仮面の男に腰を抜かしたリアさん、仮面の男の攻撃でやられたミア、何もしてないが酒にやられて倒れているレナさん……。


 うむ。確かに、僕に分が悪い。でも、僕じゃないんだよ。


「でやあぁぁぁっ!」


 問答無用とばかりに、少女が低い姿勢で僕に向かって突進してくる。地を這うような右の拳が、急角度で僕の顔面を狙って急上昇する。


「いや、話を聞けっ! って、危ねぇ!」


 首を振って拳をなんとか交わすが、頬を掠めた。

 少し触れただけなのに、頬が切れている。


 やべぇ! なんだこれ。


「クリス! それは身体強化魔法だ。山岳地域で生き抜くために発達したガレラス特有のもの。その拳は刃と思って対処しろ!」


 レナさんが叫ぶ。

 まだフラフラで立ち上がれないようで、助けにまでは入ってもらえない。


 そんなこと言われても、どうすりゃいいんだよ。ってか、寝てないで助けてよ!


 二撃目、三撃目と少女の攻撃が繰り出される。

 僕は後ずさりしながら距離を取ることで躱した。


「だから、話を聞けって!」

「牢屋にぶち込んでから、じっくり聞いてやろうじゃないか!」

「なんだよ、それ!」

「止めてください! 私はその方には襲われていません。私を襲った男は逃げました。被害者の私の証言してるのですから、問題はないですよね!」


 リアさんが叫んで、少女に制止を求める。

 それを聞いて、少女の動きが止まった。

 さすがに、自身が被害者とした女性の言葉があっては、攻撃を中止せざるを得ないのだろう。


「何? 本当か? では、おチビちゃん。そなたはどうなのだ」


 よりにもよって、少女が座長に向かって言う。

 ヤバい。おチビちゃんって――。


「誰がおチビちゃんですって!」


 座長が立ち上がると、少女に詰め寄る。


「そなた以外に誰がいるのだ」


 周囲を見まわしてから、少女も座長に負けじと語気を強める。

 だが、僕から見れば身長は、ほぼ同じだ。


「いえいえ。あたなにこそ、ふさわしい呼び名ではありませんの? お・チ・ビ・ちゃ・ん」

「ん? ひょっとして『おチビちゃん』と言われたことがご不満なのかな? 失礼。決して侮辱するつもりで言ったのではない。そなたの名も聞いておらぬでな。それに、そう背伸びせずともよい。子供のうちは誰もが小さいものだ」

「誰が子供ですってっ!」


 座長は眉間にしわを寄せ、額に血管が浮き出ている。

 いきなりのキッズ発言。しかも、キッズからのキッズ発言ときている。

 さすがにこれはまずい。


「待ってください!」


 僕は二人の間に割って入る。だが、戦いの火ぶたは既に切られていた。僕の気持ちなどはお構いなしに取っ組み合いのけんかを始める。服を掴み、髪を掴み、歯をむき出しにしてお互いを振り回そうとする。


「だから止めてくださいって!」

「「うるさい!」」


 きれいに二人でハモると蹴りを入れたり、グーで殴り合ったり。

 当然、その間には僕がいるので、攻撃の半分以上は僕に当たってしまう。


「ちょっ、痛い。まずは、うっ。いいかげ――、うがっ。だから、――痛いって!」


 僕は二人を突き飛ばすようにして、引き離した。


「もう、いい加減にしてください!」


 二人ともほっぺたを膨らませて、そっぽを向く。

 なんだよ、二人とも子供じゃないか。

 こほん、と咳払いをする。


「とりあえず、僕が、その、『冥界からの放浪者』ってヤツじゃないことは分かってもらえたんですね?」


 襲ってきた少女はそっぽを向いたまま、目線だけで僕を見ると、小さくうなずく。

 なら、よかった。とはいえ、二人とも子供なんだから、二人の意見は両方とも正しかったわけだ。


「分かってもらえたんですね。じゃ、いいですよ。続きをやっても」


 僕は二人が対峙する間から外れると、心の中で『ファイト!』とつぶやく。

 だが、二人は動かない。

 さすがに、間が開けられてしまうと二人の興奮が落ち着き、今更『戦え』とポーズを取られても、なんだか気まずいのだろう。


「じゃ、これで終わりってことでいいですね? それじゃ、仲直りです」


 僕が二人に握手を促すが、座長はプイとそっぽを向いたままだ。

 座長の振る舞いに、少女はムッとする。


「フン。『冥界からの放浪者』ではないのなら、そなた達に用はないのだ」


 そう言うと、少女は魔法で強化されたままの肉体で、三階の屋根の上まで一気に飛び上がる。


「そなた達は旅行者のようだな。夜は危険。今後は出歩かないように」


 少女は屋根の端を蹴り、この場から飛び去ろうとした。


「それでは――、あっ!」


 だが、建物の軒先が崩れる。

 少女は体勢を崩し、屋根から落ちてきた。


「危ない!」


 僕は走って少女の落下地点へ行く。両腕を差し出して少女を受け止めた。


「うっ!」


 仮面の男の攻撃をまともに食らっていたせいか、体に力が入らない。


「あ、おっ、おっとっと――」


 何とか地面に少女を落とさないように支えるものの、僕はバランスを崩して少女と共に倒れ込んでしまった。


「な、なんってことですのっ――」


 座長が絶句する。


 フワフワと、少女が口元にしていたバンダナが地面に落ちる。

 気が付けば僕は少女の上に乗り、少女とキスをする体制で倒れ込んでいた。

 しばらくして、僕は少し顔を離した。


 僕と触れ合っていた可愛い唇、驚きのあまり僕を見つめ続けるかわいい瞳、柔らかそうな頬。目の前にはバンダナで隠していた女の子の顔があらわになっていた。そして、僕を見つめていた目の前の少女の顔が真っ赤になり、その赤色が限界に達すると僕を突き飛ばし、素早く離れる。


「な、な、何てことをするのだ! 妾の……、その……、初めての……」


 目を潤ませ、手で顔を隠しながら少女は走り去ってしまった。


「クリス……、その……」


 少女を追いたい気持ちを抑え、声がする方を見ると座長が口をパクパクしながら、僕を指さしていた。


「いや、違います。事故です。これは事故なんですっ!」

「不潔……、ですわ……」

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