第5節 最悪の目覚め
第57話 最悪の目覚め その1
ヒヒィーーン。
翌日、僕は馬小屋で目を覚ました。
リアさんの家を借り、座長たちは部屋のベッドで寝ていることだろう。
もちろん、フカフカのヤツだ。
昨日のことは、どう考えても事故だ。だが、座長は昨日の一件で僕にやましい気持ちがあったと認定。僕は不潔の烙印を押されたあげく、同じ家の中に入れてもらえないという罰を受けることになってしまった。あれは事故だと何度も繰り返し説明するが、座長には理解してもらえなかった。
家の前で他のメンバーに助けを求めたが、ミアは仮面の男に倒された後でよく見ていなくて、レナさんは酔って倒れていて役に立たなかった。それどころか、事情を後で聞いたイザベラ姉さんは爆笑しながら、座長に加勢していた。
アイリス劇団の馬車を引いている馬たちも目を覚まし、元気よく立ち上がる。
どうやら十分な休息が取れたようだ。馬小屋も使っていなかったようで、藁も新しく敷いてくれた。そのため、馬だけではなく、僕にとっても野宿で地べたに寝るのに比べれば肉体的には快適な目覚めだ。そうだ。気持ち的には落ち込んでしまうが、今はこれで良しとしておこう。
そういえば、よく婆ちゃんが寝る前にお話をしてくれていたっけ。空から少女が降ってくるとき、それは冒険の合図なんだって。そして、それは理不尽で無慈悲な物語の始まりなんだって。そうだ。これは、そんな物語みたいなもんだ。大丈夫。婆ちゃんの話は、その後、なんとかなっていたじゃないか。
僕は気持ちを切り替えて外へと出た。
昨日、状況説明は十分行った。あれ以上追加するものはない。一晩寝れば、時間が座長の気持ちを落ちつかせてくれているだろう。
さぁ、メンバーと合流だ!
『ふ・け・つ。近づかないでくださる?』
仁王立ちでキッと僕をにらむ座長の目は、そう言い切っていた。
婆ちゃん、話が違うよぉ。
僕はがっくりしてしまう。
どうやら、僕の考えは甘い期待だったようだ。意外と根に持つタイプなんだな、座長は。他のメンバーは『翌日にまで気持ち持ち越すんじゃねぇよ、面倒くさいな』という雰囲気を醸し出し、僕に同情してくれている様なのだが、意に介さない座長を前に、何もできずに仕方ないといった感じだ。僕よりも付き合いが深いメンバーがそうするしかないのなら、僕にできることなど、残念ながら何もない。
座長はわざわざ家の中からメンバーを、僕が一夜を過ごした馬小屋前に集める。
ふぅ、と僕はため息をついた。
ここに集まるということは、どうしても僕を部屋の中に入れたくないんだな。でも、一応は僕にも話を聞かせたいと。本当に、そこまで徹底しなくてもいいのに。
「みなさま、おはようございます。――おそろいですわね」
座長は周りを見渡す。
なんとなく分かっていたけど、僕には目を合わせてはくれなかった。
「今朝、このような清々しい朝を迎えることができたのは、快く家を貸していただいたリアさんご夫婦のはからいによるものです。しかしです。そのリアさんの前で不潔なことを――」
「ゴホン!」
急に取り乱し始めた座長に対し、イザベラ姉さんがワザとらしく咳払いをする。
昨日は爆笑して座長に加勢したけど、さすがにやりすぎだと思ってくれているのだろう。
座長が頭を何度も横に振り、高ぶる感情を落ち着けようとする。
ありがとう、イザベラ姉さん。なんか、これ以上の攻撃はさすがにやめてもらいたいだよね。ってか、どうして座長が僕にここまでしなきゃいけないんだよ? ワザとじゃないのに。
「もとい。しかしです。リアさんがわたくしたちの前で襲われるという事態が発生してしました。最悪の状況は防げましたが、これは由々しき事態ですわ。もちろん、皆様をだけを責めるつもりはありませんの。不意打ちとはいえ、わたくしも後ろから一撃を加えられ、何もできないまま、その場に倒れてしまったのですから。もし、その一撃が剣による攻撃だったとしたら、わたくし自身、ここにはいなかったことでしょう」
確かにそうだ。考えてみれば、身分を隠しているとはいえ、座長はアルテアの王女。王族が暗殺されたという話が広まれば、国中が乱れる可能性だってある。メンバーがいるのは座長の護衛という意味合いもあるはずだ。そういう意味では昨日の出来事はメンバーにとっては大失態ってことになる。もちろん、不潔ではないが、メンバーに加えてもらっているのに役に立たなかった僕も同じ。
「ですが、わたくしたちのことはどうでもよいのです。大切なことは親切に手を差し伸べてくれた、リアさんを危険にさらしてしまったということです。これを見過ごすわけにはまいりません。わたくしたちは親切に宿を提供してくれたリアさんたち夫婦に報いるべきと考えます。いかがでしょう?」
座長がメンバーを見渡す。
反対意見など出るはずもない。誰もが頷いていた。
「みなさま、よろしいですわね。それでは、リアさんの店は昼のランチから営業しているとのことですから、店の営業が落ち着いてくる昼過ぎにうかがうこととしましょう。それまでは自由時間とします。武器の手入れでも、街の散策でも、各自で自由に過ごしてくださいませ」
そう言い残すと、座長は家の中へと戻っていった。
どうやら、僕に対するお許しの言葉などはないようだ。
他のメンバーも座長と共に家の中へと戻っていた。
だが、イザベラ姉さんだけが残っている。
「どうだ? 昨日の夜はよく眠れたか?」
ニヤニヤ笑いながら言ってくる。
今の座長の反応を見たら、僕がどういう気持ちでいるのかなんて分かっているはずなのに。
「そうですね。野宿より良かったですよ」
そっぽを向きながら、僕はちょっと不愛想に返してみる。
「そう怒るな。昨日、座長を煽ったのは悪かったよ。それより、今からすることもないんだろ? ちょっとつき合えよ」
確かに、馬小屋で一人過ごすのも自分の気持ちがどんどん落ち込んでしまいそうだ。さっきの咳払いをしてくれた状況からすると、少なくとも、イザベラ姉さんも僕を悪いようにする気はないみたいだし。なら、何か解決のアイディアをもらえるかもしれないし、行くか。
「まぁ、いいですけど」
僕はイザベラ姉さんのお供をすることにした。
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