第58話 最悪の目覚め その2
「ほう、ここでクリスが、純朴な田舎娘のファーストキスを奪ったのか」
これが仮面の男が現れた場所に来て、イザベラ姉さんが言った最初の言葉だ。
無理に連れてきて、これはない。
「帰りますよ」
「そう言うなよ。でも、事実、奪ったものがあったんだろ?」
「いや、違いますって」
「でも、キスしたと」
「まぁ……、それは……、したというか……、唇で女の子と触れ合っただけです」
としか、返せない。
事実が事実なだけに。
「なるほど、クリス的には『僕は座長と違って大人ですから、唇が触れる程度のことは所かまわず手あたり次第やりまくっています。そもそも、キスってのは唇が触れ合うだけでなく――』」
「わーっ! なんてこと言ってるんですか! ふざけるために来たのなら、僕、帰りますよ!」
「いや、だって、『僕はもっと激しいことやってます』的なこと暗に言われたら、そう言わざるをえんだろう」
イザベラ姉さんは、口元をベロベロする。
「いや、言ってませんから!」
「それとも、クリス的も初めてだったりする?」
「んー、実は……、その……」
「ほぉ~。純真が奪われたのは田舎娘だけじゃなくて、クリスもだったか。そりゃ、座長もご立腹だよな」
「な、何てこと言うんですか、あれは事故だから――」
「ノーカウントって訳か? 田舎娘の純真を奪っておいて、事故だからノーカンだって? 少女の無垢な心はどうなるんだ? それを聞いちゃ、泣いちゃうぞ」
「いや、だから、事故――、じゃなくて、でも、僕が求めたわけでもないけど、でも、遊びじゃなくて、傷つけたいわけじゃなくて、事故だから……、じゃなくて――」
両手を振り回してアワアワしている僕を見て楽しむと、イザベラ姉さんは『悪かった、細かいことは気にするなよ』とばかりに、嬉しそうに背中をバンバン叩いてくる。
なんていうか、面白いおもちゃを見つけたような行動が、僕の気持ちを逆なでしてくるんだよな。
僕はイザベラ姉さんを半眼で見つめた。
「冗談だよ。それで、ここが仮面の男が現れた場所なんだな」
「……まぁ、そうです」
さすがに、からかいすぎだと思ったのかイザベラ姉さんは話題を変えてきた。そして、ブツブツと呪文を唱えだすと、今度は僕のことなどすっかり放置で、何かを確認するかのように付近を探索し始める。
ちゃんと目的があるなら、僕なんかをからかってないで、さっさと始めて欲しいんだよな。イザベラ姉さんのこういう不真面目さが苦手なんだよね。
そんなことを思いながら何もできない僕は、イザベラ姉さんの作業を見守っていた。
「なるほどね。ミアからも聞いたが、仮面の男がしていたのは目元を隠す白いハーフマスクの仮面で間違いないね? そして、黒い邪悪な『気』を発しながら、覚醒したと?」
先ほどとは違って、真剣な表情。
「はい」
「わずかだが、ここには魔力の痕跡がある。しかも、近代の魔法ではなく、古代の呪いにも近いものだ」
「それって、どういうことなんですか?」
「ここはガレラスだ。ひょっとすると、これは、なかなか手ごわいことになるかもしれないな」
イザベラ姉さんは難しい顔をしたままで、僕の質問には答えてくれない。
「戻ろうか」
「え、ちょっと、教えてくださいよ」
「クリスは『真理の仮面』って聞いたことはあるか?」
「いえ、ありませんけど」
イザベラ姉さんは腕を組んで考え込む。
あれ、なんだろう。考えこんじゃってるけど。
「で、田舎娘とのキスの味はどうだった? そっちも教えてもらわないと。交換条件ってヤツだ」
急に不真面目なイザベラ姉さんが戻ってきた。
「は? 今、そういうの関係ないじゃないですか!」
「じゃ、教えられないな」
結局、上手くはぐらかされながら、僕は馬小屋へ戻ることになった。
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