第5節 領主代行

第19話 領主代行 その1

 酒場でのことがあった翌日。僕は早く起きると模造刀のロングソードで鍛錬を行っていた。

 上段に構えると、敵を想像する。

 そこには切っ先を向ける赤毛の女性が浮かび上がった。


「レナさん、行きますよ」


 気合を入れるように腹へ力を入れて呟くと、連続で何度も剣を打ち込む。だが、イメージした敵は余裕の笑顔を残し、僕の剣の軌道から逃れていく――。

 昨日、レナさんが僕に見せた巧みな動きだ。まだ届かないのか……。


「くそっ! どうすればいいんだよ!」

「そりゃ、こっちが聴きたいよ。朝から一人で剣なんかブンブン振り回して、何がしたいんだい?」


 振り返ると、イザベラ姉さんがあくびをしながらこちらを見ていた。


「あ、イザベラ姉さん、おはようございます」

「朝から元気なんて、若いねぇ。それでも一人ってのは、随分と寂しいじゃないか」


 髪をかき上げながら、朝から妖艶な笑顔を見せてくる。


「べ、別に朝から元気って訳じゃ、これが普通だし――」

「へぇ~、やっぱり男子ってのは、朝から元気なのが普通なんだぁ」

「いや、そういうことじゃなくて。それに一人の方が好きなわけでも……、いや、別に二人がいいと言うわけでも――」

「じゃ、三人以上がいいんだ」


 ニヤニヤしながらイザベラ姉さんが言う。


「いやいや、そんなことより、イザベラ姉さんこそ、大丈夫なんですか? 昨日は大変だったじゃないですか」


 いたずらはこのぐらいにしてやるよ、とばかりにイザベラ姉さんが微笑んでくる。


「あのぐらい大したことじゃないよ。最近、レナのやつが調子に乗ってただろ? お仕置きをしてやらなきゃダメだと思ってね。ちょっと煽って調子に乗せて、それから潰してやろうって思って、最初っから魔法を仕込んでたのさ」

「魔法を、ですか」

「あたしは魔術師だよ、魔法を使って当り前じゃないか。とは言っても、初級魔法で宴会芸みたいなもんさ。結婚式で新郎新婦が次々に酒を注がれるだろ? それに耐えるための魔法を、酒場に行く前からかけていたってことさ。まぁ、あのぐらい酒量なら、魔法なんかなくても勝てたと思うけどね」

「そ、そうなんですか……」


 さすがイザベラ姉さん、よく分からないけど怒らせると怖いことになりそうだ。あまり、調子に乗ったことは言わない方がいいらしい。


「みなさま、おはようございます」


 今度は座長までが鍛錬中の僕のところに来る。


「あら、座長、おはようございます。今日はもう少しゆっくりされるのかと思いました」

「一夜明けた、あの守衛の顔を早く見たくはありませんか? そう思うと、ゆっくりとは寝ていられませんの」


 座長は、なんだか意地悪な笑みを浮かべる。

 こっちも怒らせない方がいいみたい。


「それはともかく、今回はお二人に同行をお願いしようと思いますの。よろしければ、そろそろ向かいませんか?」

「僕とイザベラ姉さんだけ? レナさんは連れて行かないんですか?」

「ええ。そのつもりです」

「何人もの兵士に囲まれたりでもしたら、どうするんですか?」

「そのときはクリス、あなたにお任せします」


 座長は真面目な顔で僕を見た。


「無理です」


 即答。首を横に振って答える。

 僕の技術じゃ、全く勝てない。それなのに、僕が守るなんて不可能だ。


「いつまで見習いでいるつもりですの? レナの話では基本的な技術は習得済みということではないですか」

「でも、まだレナさんに剣を当てる見込みすらありません」

「妹さんを救いたいのでしょう? 場数を踏まなければ覚悟は決まりませんわよ」


 クレアは助けたい。だけど、爺ちゃんや婆ちゃんみたいに、僕が弱いことで座長や他の人が倒されるのはもう嫌なんだ。

 うつむいてしまう僕を見て、座長が小さく首を横に振る。


「何を迷うことがあるのでしょう。大丈夫ですわ。実際、今回はそういうことにはならないでしょう。それに、イザベラもいます。わたくしたちが戻らないとなれば、レナも来るでしょう。わたくしたちを信じなさい。よろしいですね?」

「は、はい……、分かりました」

「こらこら。お姉さんと一緒なのに、そんな暗い顔するんじゃないぞ。そんな悪い子は――」


 いきなり、イザベラ姉さんが僕に抱き着いてくる。


「ちょっと! 急に何するんですか!」

「いつもの朝のように、お姉さんが元気にしてやるぞぉ」


 さすがに恥ずかしくなって、僕はイザベラ姉さんを押しのけようとするが、抱きつかれたままもみあってしまう。


「なんだか、クリスも元気になったようですわね」

「元気って、そんなことは――」


 思わず、僕は下を押さえる。


「違うのですか?」

「いえ、違うわけではないけど……」


そんな僕たちのやり取りを見て、イザベラ姉さんがニタニタしていた。

僕はイザベラ姉さんを睨むが、逆に喜ばせてしまったようだ。


「よろしいですわね。それでは、さっそく向かうことにいたしますわ」


 結局、僕は座長とイザベラ姉さんと共に領主代行事務所に行くことになった。

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