第18話 酒場 カイラス その6

 二人の戦いはしばらく続き、イザベラ姉さんは涼しげな顔で机の上に積み上げられたショットグラスの山に、さらに一個を積み増す。


「じゃ、次はあんたの番だね?」


 新しいショットグラスに酒を注いでやると、イザベラ姉さんはにんまりとした笑顔でランドンの目の前においてやり、次を要求する。

 もう勝負が佳境だ。ランドンとイザベラ姉さんの脇にはショットグラスでできた二つの大きな山ができあがっているが、イザベラ姉さんの山が奇麗に積みあがっているに比べ、ランドンのものは少し歪んでいる。


「うぅ……」


 定まらぬ視点に重いまぶたを何とか開いて、ランドンがうなる。


「おい、旦那! どうした! 負けちまっていいのかよ! こっちは旦那に賭けてんだぜ!」

「うるせぇ! 分かって――」


 周囲の野次馬にイラつきながら、ランドンは両手で口を押えると全身で踏ん張る。そして、何度も自分で頬を叩き始めた。ここまでくると、正直、見ているのもちょっと辛くなってくる。


「戦場では撤退する勇気も必要なんだけど、どうする? あたしは別にいいんだけど」

「ああ? 誰がよそ者に……、見てろぉ!」


 ランドンはショットグラスを手にすると、小さなグラスを見つめる。そして、少し間を置いたかと思うと、意を決して酒をあおった。


「ぶはーっ!」


 ランドンは飲み干して安心すると、ショットグラスを逆さまにして積み上げる。そして、飲んでやったぞと満面の笑みを見せてきた。


「ははははっ! 俺とて激戦をくぐり抜けた戦士! どこの馬の骨ともわからぬ旅芸人がごときに、たとえ酒とはいえ、負けるわけには――」


 と、そこまでだった。突如、ランドンはショットグラスの山に倒れこみ、ガッシャンと大きな音を立てて山は崩壊。そのまま、ランドンは動かなくなってしまった。


 転がるショットグラスの音。

 そして、しばしの静寂。


「おい、ランドン。大丈夫か?」

「あぁ――……」


 周囲の野次馬の呼びかけにランドンはうめき声を返すだけだった。


「この勝負、姉ちゃんの勝利! 賭けは姉ちゃんの勝ちだ!」


 賭けを仕切っていた野次馬がイザベラ姉さんの勝利を宣言する。


「やっぱ、男はいい女に賭けておくべきだな。今晩は配当でいい夢見がられそうだぜ!」

「旦那、負けんじゃねぇよ! これからどうやって生活していけばいいんだよ!」


泣く者、笑う者、酒場が騒がしくなる。


「イザベラ、ご苦労様でした」


 いつの間にかレナさんから解放された座長が、暴れたときに乱れた服を整えながら駆けつけていた。


「問題ありません。でも、本当はこの男ではなく、お仕置きを受けて、こうなるのはレナの方だったんですがね」


イザベラ姉さんは立ち上がると、無様に倒れた大男を見下ろす。


「それはともかく、もう、今日は戻りませんか? 座長」

「そうですわね。明日にはこの男の紹介で領主代行にお会いすることができそうです。劇の準備もしなければなりませんので、早めに休むといたしましょう」


ニコニコとしている座長の言葉に、僕たちは食事を切り上げて宿に戻ることになった。


「おい、私がこうなる予定って、どういうことだよ。おい! ちゃんと説明しろよ!」


 最後のイザベラ姉さんの言葉が気になったのか、帰宅する途中、レナさんは一人不満そうに喚いていた。

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