第20話 領主代行 その2
座長と共に、僕たちは領主代行事務所の近くまで来た。
「あの……、うつむいて、気分の悪そうな守衛さんが、そうですかね?」
「多分、そうだな。しかし、仕事熱心だねぇ。あたしなら今日は休んじゃうけどね」
「まぁ、いいではないですか。可哀そうではありますが、わたくしたちとしては出勤していただいた方が何かと都合がよろしいですわ」
僕たち三人に気がついて、守衛のランドンが顔を上げる。青い顔をして、すごく気持ち悪そうだ。
「うぇっ」
近づくと、いきなりランドンは吐きそうになり、僕に向かって倒れこんでくる。
「座長!」
「クリス、お任せします」
と言って、笑顔で座長がスッと身を引く。
「えっ!」
そうなると、仕方なく僕は体格のいい剣士の体に上から抱きつかれたまま一人で支える格好になる。
「がんばれー。お姉さんは応援するぞぉ」
イザベラ姉さんも他人事のように笑顔で傍観を決め込んだ。
「えぇ! ちょっと! 助けてくれるって、信じろって、さっきと話が違いませんか!」
見上げると、今にも何かを吐きそうに大きな口を開いている。
「おい! 耐えろ! がんばれ! 君はできる子だ!」
必死になってランドンの体をゆすり、声をかけ続けた。
「吐くんじゃない! 吐くんじゃないぞ! 君はできる子だ! がんばれ!」
「うぅ……」
どうやら、体をゆすったのは逆効果だったみたいだ。ランドンの身体が大きく脈動したかと思えば、異臭を放つ滴りが僕の身体のこぼれ落ちる。
「うわっ!」
レロレロレロレロ――……。
悪魔のような滝が僕の全身に流れ落ち、強烈な臭いが全身を包む。
マジか……。
出すものを出しきったのか、ランドンは先ほどよりマシな顔になる。
「もう、大丈夫だ」
いや、大丈夫じゃないから。僕が。
ランドンは一人で立ち、僕から離れる。
どうするんだよ、これ!
僕はランドンを睨むが、そもそも、僕なんか眼中にないようだ。
「おはよっ! 今日はいい天気だね!」
今度はイザベラ姉さんが過剰に元気よく接し、ランドンを挑発する。
「う……、分かってる。約束ぐらい、覚えておるわ」
「おっ! さすがはキャンベル様直属の剣士殿!」
そう言うと、イザベラ姉さんはランドンに近づく。
「勝負はあたしの勝ちだが、昨日のあんたは立派だった。あんたが頼りだ。後は頼んだよ」
耳元でイザベラ姉さんに囁くと、頬にキスをする。するとランドンがいやらしく笑った。
「そ、そうか……。任せておけ。ちょっと、そこで待っていろ」
ランドンは気持ち悪いのと嬉しいのが同居した半笑いのまま、屋敷の中へ入っていった――。
「随分とチョロいお方ですわね」
「一応、念押しにと思ったんですけど……、そんな必要がないぐらいチョロい男のようですね」
「あの……、みなさん、一応、協力してくれるんだし、そんなにチョロいチョロい言わなくても……」
こうなってしまったものの、とりあえずは望みどおりに事が運びそうだし、座長たちの失礼な言い方に、誰かに聞かれやしないかと僕はひやひやして周りを見る。しかし、そんな心配はなかったようだ。
「しかし、酸っぱいぞ。クリス」
「近づかないでいただけます?」
イザベラ姉さんと座長が鼻をつまんで言う。
「いや、助けてくれなかったからじゃないですか! 誰のせいでこうなったと思ってるんですか!」
ぶっかけられた酸っぱい汁をまき散らさんばかりの勢いで激しく抗議したが、今さらどうなるものではない。二人は離れてしまい、やむなく、僕は一人ぼっちで酸っぱいままで待たされていた。その間、座長とイザベラ姉さんは、たまに僕に視線を送りつつ、今後のことについて小さな声で話しているようだった。でも、辺りを行きかう人から見れば、領主様の屋敷の前で怪しい酸っぱい変質者が嫌がらせをしており、それを二人がうわさ話をしているようにしか見えない。おかげで、ただの通りすがりと思われる人まで、僕を見てコソコソ話し始めた。
おい! チョロ助! 早く帰ってきやがれ!
そんな僕の心の雄叫びが聞こえたかどうかは定かではないが、しばらくして屋敷の中へ入ることを許された。
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