第21話 領主代行 その3

 通された部屋は机とイスがあるだけの簡素な部屋だった。

 さすがに臭いが強すぎたので、僕は別扱いで、他の守衛に桶に入れた井戸水を何度もぶっかけられた。その後、通された部屋でも「酸っぱいぞ。離れろ」と、さんざんイザベラ姉さんに遊ばれていたのだが、そんな遊びも飽きてしまったようだ。


 今では、イライラしながらイザベラ姉さんが部屋の中を歩き回る。


「あたしみたいないい女を待たせるなんて、ここの領主代行ってのは、いい根性してるな」

「落ち着きましょう。今、わたくしたちには待つこと以外にできることがありませんの」


 この部屋に通されて、もうかなり時間が経つが領主代行に呼ばれる気配すらない。


「でも、僕たちが忘れられているってことはないですかね?」

「今はあのチョロ助の紹介しか、他に頼るものがありません。それに、屋敷内に入ることはできたではありませんか。居座ってでも結果を出して見せますわ」


 確かにそうだ。でも、すました顔で座っているが、『居座ってでも』って、やっぱり座長は敵に回すと怖いな。っていうか、アイツ、もうチョロ助なんだ。


 そんな話をしていると、いきなり部屋の扉が開き、男が入ってくる。


「お前らか? 教会の前でバカ騒ぎをしたいという奴らは」

「はい、わたくしたちです」


 イラっとしていたイザベラ姉さんに何も言わせず、座長はさっと立つ。


「クラーク様は忙しい。お前たちにはお会いにならん」

「いえ、お忙しいのであれば待たせていただきます。是非とも領主代行様にお目通りを願いたいのです」

「ランドンといい、お前らといい、まったく面倒くさい連中だ。クラーク様の秘書として調整しておる私の身にもなれというのだ。クラーク様はこれから重要な面会が決まっておる。お前らは会わずとも許可があればよいのであろう。ほら、ここに許可証は持ってきたわ」


 領主代行のクラークの秘書を名乗る男は、許可状を座長の前に投げ捨てる。


「許可は明日の夕刻から夜の間のみ。その頃には領主のキャンベル様がカスターの町にいらっしゃるから、以後は許可できん。これで文句はなかろう。それを持って、とっとと帰れ!」


 許可証を確認すると座長はニヤリとする。


「確かに。それでは、これで失礼させていただきます」


 座長は頭を下げると、秘書の男はバタンと大きな音を立ててドアを閉めて去って行った。


「なんですか、あれ?」


 不満そうに腕を組むイザベラ姉さん。


「まぁ、よいではないですか。こちらも用事を済ませることができたのですから」


 一つ目的を果たし、僕はホッとした。それは座長やイザベラ姉さんも同じことのようだ。文句を言いながらも、少し落ち着いた表情をしているのが分かった。


「それじゃ、戻りますか」


 そう言って、僕はドアを開けて廊下に出る。

 目の前を黒い外套を羽織った男が歩いていく。その胸元には割れたドクロのペンダントが揺れており、奥の部屋へと向かった。

 無意識に一歩踏み出した僕に、誰かが肩に手を置いて引き止めた。


「よくわかりませんが、領主代行様には面白そうなご友人がいらっしゃいますわね」


 耳元で座長が呟く。

 男はノックすると、鋭い目つきをした白髪の老人が部屋の中へ案内した。老人は派手な服装をしており、他の役人とは異なる。老人は僕たちメンバーを見るが、興味なさそうに扉を閉めてしまう。きっと、部屋の中へ招き入れた老人が領主代行なのだろう。そして、黒い服装の男は酒場で出会った不審な男――。


「座長、あいつ……」

「分かっております。今回の件、かなり大きな事件になりそうですわね。収穫もあったことですし、体制を整えてからの方がよさそうです。帰りますわよ」


 今の僕では何もできない。これは仕方ないんだ。

 僕は拳を握る。


「どうした? なんなら、もう一回、お姉さんが元気にしてやろうか?」


 イザベラが首に手をまわしてくる。


「いや、そういうことではなくて」

「レナにも言われてるんだろ? 突っ走りすぎるなって。遠慮しなくていいぞ。気分が落ち込んでしまうなら、お姉さんが元気にしてやるからな」

「えっと、だから、元気になりたいとか、そういうことではなくて――」


 結局、イザベラ姉さんにからかわれながら、僕は屋敷を出た。

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