第5話 ちいさな勇気が導くもの その3

 身を隠しながらついていくと、盗賊は森の中の小さな池の近くに女の子を連れていく。池の近くには幌馬車が止めてあった。そこは森を抜ける街道から少し離れていて、誰かが通ったとしても、ここならば気づかれないだろう。


 女の子を連れた盗賊が馬車に近づく。


「おい、お前ら。逃げようとするじゃねぇぞ! 必ず捕まえてやるからな! そして、こうだ!」

「きゃ!」


 盗賊は見せしめに女の子を大げさに殴って見せた。

 そして、女の子を馬車に乗せて縛り付けると、去っていった。


 馬車の近くに盗賊はいない。


 僕は周囲を警戒しながら近づく。

 馬車の中を覗き込むと、五人の子供たちが捕らえられていた。

 残念ながら、そこにクレアはいない。


 クレアはいない、だけど――。


 再び、馬車の中の子供たちを見る。

 十歳にも満たない子供ばかり。

 どの顔も暗く、不安そうにしている。

 僕のことも盗賊の仲間だと思っているのか、目を背けておびえていた。


 やっぱり、放置はできない。

 今、この子たちを助けてあげられるのは、僕しかいないんだ。


 一度、馬車から離れると、僕は付近を探す。すると、少し離れたところに二人の盗賊を見つけた。焚き木のための小枝を拾いながら何やら話をしている。ここは、それほど人が近づかなさそうな池。今、盗賊はこの二人だけのようだ。


「で、相手とは接触できそうなのか?」

「ああ。話はついている。大丈夫だ。酒場に行けば、俺たちは常連じゃねぇからな。向こうから接触してくる。夜に待ち合わせになるだろう」

「支払いは?」

「手付金はもらっている。そちらも問題ない。もっとも、ガキを逃がさなければの話だがな」

「うるせぇな。ちょっとしたミスじゃねぇか」


 この盗賊の話からすると、今夜に何かあるかもしれない。

 なら、今のうちに何とかしなきゃ。

 僕は急いで馬車に戻ると、そのまま乗り込んだ。


「大丈夫。あいつらは離れたところで薪になる小枝を集めている。今しかない。さぁ、急いで」


 爺ちゃんの形見の短剣を抜くと、子供たちの縄を切ろうとする。


「何だよ……、これ」


 短剣はすんなり抜けたが、かなり切れ味が悪い。

 手こずりながら、一人ずつ縄を切っていく。


「さぁ、急いで。どこでもいい、盗賊に見つからないところへ」


 子供たちを一人ずつ開放していく。

 不安そうにしながらも、子供たちも最後のチャンスと感じているのだろう。

 馬車を下りると全力で走り出した。


「夜になると、どうなるかわからない。とにかく、できるだけ遠くへ逃げるんだ」


 そして、最後の一人の縄を切った時だった。


「おい! お前ら何してる! 逃げるんじゃねぇ!」


 遠くで、怒鳴る盗賊の声がする。

 見つかった! もう時間がない。


「さぁ、急いで逃げるんだ!」


 最後の女の子を馬車から降ろして解放する。

 振り返ると、盗賊たちが喚きながら走ってきていた。

 短剣の柄を強く握る。


 また、クレアのように黙って連れ去られるのを見ているのか?

 今、子供たちを守れるのは僕だけじゃないか。少しでも逃げる時間を稼いで――。


 一瞬、柄頭がぼわっと青く光った。


 だが、ギュッと強く目を閉じると首を横振る。

 今の僕には無理だ。もうわかりきったことじゃないか、無理なんだ!

 背を向けて全力で走り出した。


「お前は誰だ!」


 盗賊の声が後ろから迫る。

 だが、そんな言葉を無視して全力で走った。

 僕は走りに走った。

 そして――。


「ふざけたことしやがって!」

「ぐはっ!」


 僕は盗賊に襟首をつかまれ、振り向かされると同時に殴り飛ばされた。

 何もできないまま、盗賊が僕に馬乗りになる。


「ぶっ殺してやる!」


 盗賊は右手で自分の短剣を抜くと、素早く振り上げた。

 鋭利な刃先が、僕を狙う。

 ダメだ。僕は戦うだけじゃなく、逃げることすらもできないのかよ――。

 刃を見ていられず、強く目をつぶった。


「ぐあっ!」


 しかし、次の瞬間に聞いたのは馬乗りになった盗賊の悲鳴。


 思わず目を開けると、顔の真横、その地面に短剣が突き刺さる。

 だが、それは盗賊の男が落としたものだ。


 見ると盗賊が右手を抑え、うめき声をあげている。

 その盗賊の手には矢が刺さっていた。


「おい! その少年から離れろ!」


 若い女の声。


「なんだ、テメェ!」


 負けじと立ち上がって、応じる盗賊。

 だが、素早い身体の動きと彼女の持つ刃が、盗賊を瞬殺していた。


「大丈夫か、少年」


 そこに立っていたのは、まさに僕が探していた赤毛の女の人だった。その短く赤い髪に負けないほどに情熱的な瞳。パッと見た目には、どこにでもいるような町娘の服装。しかし、先ほどの俊敏な動き、服の上からでもわかる引き締まった身体、ときどき爺ちゃんが見せていたのと同じ独特の緊張感は、最初に僕が感じたように単なる旅芸人なんてはずはない。


「はい、大丈夫です」


 僕は顔の真横に刺さった盗賊の短剣を横へ投げると、立ち上がる。


「きみは……、確か、この前も盗賊に襲われていた少年じゃないか」

「あはは……、覚えてましたか」


 僕は頭をかく。

 そこへ、弓を持った小柄の女の子が走ってきた。見た目はクレアと同じ十歳ぐらい。少しとがった特徴的な耳を持ち、少女の肩にはかわいい小動物がしがみついていた。


「レナ、もう一人も仕留めた。子供たちが森の中へ散っている。これから、私は子供たちの救助に向かう」

「それでは、私も向かおう」

「いや、既にイザベラも動いている。こっちは大丈夫。それに、どうやら、そちらの少年が何か言いたそうだ。そちらを頼む」

「えぇ?」


 レナと呼ばれた赤毛の女の人は、僕を見る。


「それでは――」

「あ、ちょっと、マイラ! もう……」


 弓を持ったマイラと呼ばれた少女は素早く走ると、森の中へ消えて行ってしまった。


「仕事が早いのもいいが、こっちの話も聞いて欲しいんだよなぁ」


 レナさんは頬をかきながら、困り顔だ。


「あの――」

「ちょっと! みなさま、速すぎますわよ」


 今度は僕の声を遮るように、遠くで別の女の子の声がした。

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