第4話 ちいさな勇気が導くもの その2
宿屋の主人は旅芸人の一団だと言っていた。何人かの集団なら、移動には時間がかかる。人目にだってつくはず。だとすれば、僕の足でも十分追いつけるはずだ。
そう考えて、僕はあのときに見た赤毛の女の人を探し、カスターの町を目指して森を歩いていた。
戦乱の時代は終わり、フランクフォート大陸は統一。アルテア統一王国がそれぞれの領主を配下に置いて統治するようになった。爺ちゃんは立派な国王により平和な日々がくるだろうと言っていた。確かに、大規模な国家間の戦争はなくなり、いろいろな町で街道の整備などが進んでいるらしい。だが、治安は乱れていて、とても回復の方向に進んでいるとは思えない。実際、昨日、行商をしている僕たちは襲われたんだ。
行商で回った町では、いろんな悪い噂が流れていた。統治された国々が反乱を起こし、明日にでも国家が転覆するような話すらあった。それどころか、すでにアルテア統一王国の国王は亡くなっていて、王家が離散、内部から国家崩壊の危機なんて噂もある。さすがにそんなことはいないだろうが、国王は、いったい何をやっているんだ。
僕は舌打ちをする。
でも、今の僕には盗賊を倒すどころか、自分の身を守ることもできない。盗賊から逃げ回ったせいで、どこで襲われたのかも分からなくなってしまった。おかげで、爺ちゃんと婆ちゃんを弔ってあげることすらできない。こんなことじゃダメなのに――。
そんなことを考えながら歩いていると、人の話し声が聞こえてきた。
誰かが休憩しているのだろう。急ぎたい気持ちはあるが、情報収集も大切だ。
僕は声のする方へ行くと、既に木陰で休憩している若い夫婦がいた。
どうやら、旅の途中のようだ。
「こんにちは。今日はいい天気ですね」
そんな世間話から、僕は旅芸人の一団について訊いてみることにした。
「そうねぇ、カスターの町に向かって行く女の子たちがいたけど、あれがそうだったんじゃないかしから」
「そういえば、そんな馬車を引いた一団がいたような……」
「本当ですか!」
嬉しくなって、その話に思わず食いつく。
「それで、その女性の中に赤毛の女の人はいましたか?」
「どうかな? じっくり見ていたわけじゃないからね。いたか?」
「そこまでは覚えてないわ」
「そうですか。でも、カスターの方へ向かったんですよね? ありがとうございます。それだけでも十分です」
方角は間違ってない。ここまま行けば追いつけるはずだ。
僕はお礼を言うも、若い夫婦は何だか複雑な表情だ。
「それより、君、カスターの町に行くのかい?」
「はい。その旅芸人が向かったというなら。会わなきゃいけない人がいるので」
「活気があって悪くはない町だけど、犯罪者が集まっているとか悪い噂も絶えないところだよ。行かない方がいいんじゃないか」
「そうよ。私たち、カスターから来たんだけど、町はずれに行くと気味が悪いの」
僕は赤毛の女の人に会わなきゃいけない。
残念だけど、今の僕では力不足。
クレアを助けてもらうためには、あの人しかいないんだ。
「そうですか。それでも、僕は行かなければなりませんので」
「そうか。そこまで決めているなら仕方ないな」
「じゃ、気をつけてね」
「ありがとうございます」
若い夫婦にお礼を言って休憩を終えると、再び、僕は歩き始めた。
◆◇◆◇
空を見上げる。
とてもいい天気だ。
カスターの町も遠くないはず。このまま行けば、赤毛の女の人にも会えるだろう。
休憩もして、旅芸人の情報を得られたためか、何だかちょっと足取りも軽い。
「おい、待て! 逃げるな!」
「誰か! 誰か助けて!」
遠くで幼い女の子とガラの悪そうな男の声がして、少し緊張する。
また盗賊なのか。
僕は道から少し離れる。
悔しいが、今の僕にはやり過ごすしかない。
茂みに身を隠して様子をうかがっていると、傷だらけの女の子が走ってきた。
殴られたのか、身体は傷だらけ。
腕には縛られていたときの縄がそのままになっていた。
ちょうどクレアと同じ、十歳ぐらいだ。
僕は目線を逸らせる。
ごめん。僕が出ていっても何もできないんだ。
「嫌っ!」
「やっと捕まえたぞ。手間かけさせやがって」
「いや! 離して! 離して!」
女の子は捕まえられてしまう。必死に抵抗するが、逃げられないでいた。
「暴れるんじゃねぇ!」
「きゃ!」
暴力でおとなしくさせると、盗賊は女の子を肩に担いで連れて行ってしまう。
その後ろ姿を僕は見送っていた。
そんな姿が、ふとクレアに重なり、僕はギュッと手を握りしめる。
確かに、倒すことはできないかもしれない――。
僕は身を隠していた茂みから道に戻った。
でも、このままでいいのか? 何かはできるはずだ。
それに、子供をさらうなんて、クレアをさらった連中と関係があるかもしれない。
それなら、隠れているわけにはいかないじゃないか。
そう思いなおし、少し距離を取って後をつけることにした。
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