第2話 襲撃の夜に その2
少し前の襲われた記憶から、意識が現実に戻ってくる。
気がつけば僕の手や足が、ブルブルと震え出していた。
ふと、森の小道で転んだままのクレアを見る。
僕じゃダメだ。僕みたいな見習い剣士じゃ、とてもじゃないけど勝てる気がしない。それにクレアがいては、とても戦えない。どうしようもない。どうしようもないんだ。
再び、妹の手を取ると、僕は走り出していた。
これしかない、これしかない。今の僕には、こうするしかないんだ。
何度も首を横に振り、自分に言い聞かせながら必死に走った。
クレアも、僕に続いて走る。
そして、急に目の前の視界が開けてきた。
きっと、近くには町が――。
しかし、森を抜けたと思ったその瞬間、その先は崖になっていた。
「お兄ちゃん、どうするの? 追いかけてくるよ」
怯えたようにクレアが言う。
そんなこと言われたって……。
崖の下を覗き込む。
間違いなく即死。
飛び降りて何とかなる高さじゃない。
森はまだ続いていて、町なども見えない。
助けを呼んだところで、何の意味もない。
周囲を見るが、他に逃げ場もない。
せっかく爺ちゃんたちが作ってくれたチャンスなのに。
「なんだ、もう終わりか? そんなことじゃ、面白くないじゃないか」
後ろの暗闇から、盗賊の男たちがぞろぞろと出てきた。
僕は仕方なくクレアを背に、震える手で爺ちゃんから渡された短剣の柄を握る。
「あっ――。あれ? 何だよ、これ!」
――剣が鞘から抜けない。
何度も力を入れるが、ビクともしない。
「ハハハッ! なんだ、ビビッて抜けないのか? おい、見てろ。剣ってのはな、こうやって抜くんだよ」
盗賊の中の屈強な男が自らの剣の柄を握ると、刀身をゆっくりと引き抜いて見せる。そして、口の端を上げ、振り上げた。
僕はそれを見上げる。
ただ、それしかできない。
ダメだ、僕じゃ勝てない――。
その剣を凝視して体がこわばった。
「これで終わりだ!」
だが、フッと無心になった瞬間――。
ガキン!
爺ちゃんに鍛えられた身体が勝手に反応する。
気がつけば振り下ろされた剣を、鞘に収まったままの短剣で受けていた。
「おいおい、何を遊んでんだ? ガキのショボい剣に受けられるなんて、おまえ、本当は弱いんだな」
周りの盗賊たちの笑い声。
「うるせぇ、黙ってろ! ちょっと油断しただけだ」
盗賊たちは仲間同士で楽しいゲームでもするかのように、僕で遊んでいる。
「まったく、なめたことすんじゃねぇよ!」
「ぐはっ」
盗賊の蹴りが腹に入り、僕は飛ばされた。
「お兄ちゃん!」
「はい。お嬢ちゃんはこっちね」
「きゃ! お兄ちゃん! 助けて!」
駆け寄ろうとしたクレアを、別の男がさらう。
手足をじたばたさせるが、クレアではどうにもできない。
「クレア! クレアを放せよ!」
そう言いながら立ち上がるも、足がすくんで何もできない。
結局、僕は鞘に収まったままの短剣を構えてガタガタしているだけだった。
「大切な手土産のウサギだ。俺はこのままコイツを持ち帰るぜ」
盗賊の一人が、クレアを担ぐ。
「お前だけの手柄じゃねぇ。分け前はよこせよ、独り占めは許さねぇぞ!」
「わかってるよ。それじゃ、先に行ってるからな」
僕を無視して、盗賊たちが言葉を交わす。
「クレアをどうするんだ!」
「うるせぇんだよ!」
「うわっ!」
喚くことしかできない僕を、盗賊がぶん殴る。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」
クレアの叫び声が遠くなる。
そして、妹を担いだ盗賊は去って行った。
「お前はちょっと大きいから、ここで終わりだ。だが、心配するな。すぐに殺したりしねぇ。生意気なことをやってくれた礼だ。たっぷり遊んでやるぜ」
そう言って剣を収めると、盗賊の男が一歩踏み込む。
爺ちゃん、どうすればいいんだよ。結局、僕の未来なんてないんだ。
後ずさりしながらも、僕は鞘に収まったままの短剣を向ける。
「さて、どれだけ耐えられるかな」
盗賊の男は突進してくると、拳で殴りかかる。
短剣を振る間もなく、僕は殴り飛ばされた。
「俺もやらせろよ!」
「楽しい夜になりそうだ!」
笑いながら他の盗賊仲間も加わってくる。
無数の拳や蹴りが、僕の身体を打ちつける。
反撃はもちろん、逃げることもできない。
倒されては引き起こされ、また、殴られる。
必死で叫び、もがくが、どうにもならない。
クレアも助けられない。それどころか、自分のことさえどうにもならない。
これで終わり。僕は終わるんだ……。
僕の中の何かが切れかかり、意識がもうろうとして倒れ込んだ、そのとき――。
「この、卑怯者どもめ!」
何者かが、俊敏な動きで走り込んできた。
「誰だ! テメェ!」
鮮やかな身のこなし。
最初から、そう動くことが決まっていたかのように盗賊たちの拳や剣が空を切る。
次々と倒される男たち――。
もちろん、相手も身構えるが、きらりと光る刃が盗賊たちの間で踊り、そして、瞬時に仕留められていった。
そして、何者かは僕に駆け寄ってくる。
「おい、少年! 大丈夫か! おい、しっかりしろ!」
上半身を抱え上げられた僕は、薄れゆく意識の中でその人を見る。
赤毛のきれいな若い女性が必死に僕に向かって叫んでいた。
僕がこんなに弱くなければ……。僕は強くならなきゃ……。剣を握る意味……僕には……。
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