第64話 出会い、再び その4

 目の前の少女は、昨日の夜に僕が口づけを交わした少女だった。


「こ、この少年は大丈夫だから、ちょっと、そなたは外してくれないか」


 少女はそばにいた兵士を慌てて押し返す。


「え、いや、でも――」

「後はわらわに任せておけ。心配せずともよい。牢屋から出して話を聞くわけではない。とにかく、大丈夫だから!」

「いや、ちょっと。私に警護しろとおっしゃったのは、姫様ではありませんか、あの――」

「だから、よいのだ! 分からぬ奴だな!」

「何かあっては、私が叱られてしまいますって、あっ――」


 少女は兵士を無理やり突き飛ばすようにして帰してしまった。


 なんだ、あの子、この国の姫様だったのか。

 兵士を押し戻し、少女は僕の牢屋の前に戻ってくる。

 そして、モジモジしながら、僕の方をチラチラ見ていた。


「昨晩は否定したが、そなたは『冥界からの放浪者』の関係者だったか」

「いや、関係者じゃないから。そこは、昨日の夜に理解してくれたものと思ったんだけど」

「そ、そうであったな」 


 なんでそんな赤い顔してるんですか。って言うか、そんな目線そらせてモジモジされると、なんだか、こっちも意識しちゃうじゃないか。


「ところで、昨夜、一緒にいた者たちは、そなたの従者なのか?」

「いえいえ。僕の方が従者ですから」

「そうか、そうなのか。では、妾のところでもらっても問題ないようじゃな」


 少女はボソリとつぶやく。


「ん? 何かおっしゃいましたか?」


 少女はハッと気づくと、さらに赤い顔をして両手を振って否定する。


「い、いや、何でもない。独り言ゆえに、気にしないでくれ」


 昨日の夜のことを気にしてるのかな。やっぱり、事故とはいえ謝っておいた方がいいんだろうか。でも、イザベラ姉さんに言われたことを考えれば、あれは事故なんて言ったら、この子は泣いちゃうんだろうか、でも。


「昨日のことは――」

「き、気にするな。一晩考えて、妾も覚悟が決まった」

「え? 覚悟って?」

「まぁ、気にするな。そなたが従者というなら、その主人に話をせねばならぬでな」

「は? いや、それこそどういう意味ですか」

「今は気にせずともよい。この話はこれで終わりじゃ。それより、昨夜は何をしておったのじゃ」


 いや、このまま話を流してしまうのも、なんだかマズいような気がするんだけど。でも、ここから出してもらわなきゃダメだし、情報収集も大切だ。変に刺激するより、話を進めるか。


「あのとき、食堂を経営しているリアさん夫婦の空き家を宿として借りることになったんだ。それで、その空き家に向かっていたところで襲われて――」

「ふむ。不用意に夜に出歩いたことが間違いじゃな」


 それは、ごもっともです。とはいえ、ただの通り魔程度に考えていたから、レナさんやミアがいれば――。といっても、あのときはまともな状態のメンバーが誰もいなかったのか。想定外の強さだったけど、確かに、不用心だったな。


「昨日、僕たちもオルカリアに来たばかりで詳しい状況はわからなかったからね。それにしても、あそこまでの強さだとは思ってなかったから、油断はあったと思う」


 少し考えてから、僕は続ける。


「でも、考えてみれば、少し変なんだよな。座長は真っ先に攻撃されたのに命までは取られなかった。それから、僕たちが攻撃していたときは以外、剣を向けていたのはリアさんだけなんだ。単なる通り魔なら、まずは座長を剣で切りつけ、それからリアさんでもよかったはずなんだけど」


 ふむ、と少女も考え込む。


「そこは警備をしている軍の方でも気づいておってな。これだけ旅行者が多いのに、狙われ、犠牲になっておるのはガレラスの民だけなのだ」

「そうなんですか。それじゃ、僕たちがいても昨日狙われていたのはリアさんだけだったわけですね」

「そういうことになるな」


 食堂でリアさんと話をしたとき、特段の動機も見つけられなかったから、結果的には無差別な殺人じゃないかという感じだったけど、そうじゃないんだ。


「では、そろそろ行こうかの」

「は? どこへ?」

「そなたは、ずっとこの牢屋にいるつもりか」


 あ、確かに出してもらわなきゃ。ここはお礼も言っておかないと。


「ありがとうございます」

「うむ。妾だから出してやれるのだということを忘れるでないぞ」

「ははーっ!」


 僕は大げさに少女の前にひざまづいた。


「妾はカミラ・コックスじゃ。よろしくな」

「クリス・フォスターです。よろしく」

「うむ。妾は堅苦しいのは嫌いじゃ。カミラでよいぞ」

「ははーっ!」


 そして、僕は立ち上がると、鉄格子越しに握手した。


 そういうわけで、この国の権力者の協力を得られることになったのだが、これで牢屋から簡単に出られるほど世の中は甘くはない。しかし、そんなことは理解せず、カミラは困り果てる兵士を前に、再び、王族権限を強引に行使しようとしたのだ。

 だが、僕は『冥界からの放浪者』の関係者ではないものの、街で暴れ、不審な行動をしていたことは間違いない。兵士としても、「妾が保証する」だけで簡単に開放するわけにはいかないのだろう。実際、かなり揉めた。でも、ここで引き下がっては牢屋に逆戻りだ。だけど、アイリス劇団のメンバーの協力が得られない状況では、僕ができることは限られている。


 よし。あれをやるか。


「すいませんでしたーっ! 以後、ご迷惑おかけしないように、気をつけますっ!」


 ひたすら土下座で、謝罪。


 王族の権限が効果を発揮しない以上、他人様にご迷惑をかけた者として当然のことをやるだけ。そして、反省の姿勢を示して兵士の顔を立てるのだ。彼らだって、カミラを前に悪いようにはできないはず。幸い、兵士の方も揉め事を起こした面倒なヤツではあるが、特に僕のことを危険性のある人物だとは思っていなかったようだ。すぐに聴取がなかったのも、一晩牢屋に閉じ込めて、反省させてやれば十分だと考えていたのだろう。そんなわけで、カミラの王族権限が十分効いているのか怪しい限りではあるが、ようやく僕は牢屋を出ることができた。

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