第51話 山岳路 その3

 翌日、待ちきれなかったメンバーは、早起きをして出発した。


 そして、天然の要塞のような山間の道を抜け、ようやくガレラスの首都であるオルカリアに入ることができた。郊外にポツリ、ポツリと立つ民家は木造の小さな家が多いが、中央に近づくにつれ、石造りの建物が増えてくる。そして、その先には街は石造りの城壁が囲っており、ここまで来ても、さらに要塞が待っているということだ。ここを攻めるとなれば、相当苦労するはず。


 中に入れば山岳エリアの小さな平地に多くの建物が密集して建てられているため、人口の割にはかなり賑やかに感じる街だ。また、今でこそ、ガレラスの国民は『人種』の血が濃くなり、見た目は『人種』に近いが、もともとは『狼の獣人』。しっぽは短くなって服を着ていれば分からないが、耳などに狼らしい一面もある。また、体毛はほぼ落ちているが、『浅黒い肌』をしている特徴がある。そのため、ガレラスの国民以外の観光客が増えているのがよくわかり、街はいつも以上のにぎやかさだった。


「すまないねぇ。部屋は満室なんだ」

「そうですか……。わかりました」


 宿屋の店主に言われ、イザベラ姉さんが残念そうにする。


「もうすぐ新しい王の就任祝いの式典が行われるんだ。今は、その式典の期間中ということもあって、旅行者も多くてね」

「それでこんなに街が賑やかだったんですね。でも、新しい王が就任するなら、ガレラス王国も安泰ですね」

「う~ん、クリフォード様がやり過ぎたから、今の王が早くに引退しなければならなかった訳で……。カイル様がご存命ならもっと……。いや、戦乱時代のことを言っても仕方ないか。とにかく、ここだけじゃなく他の宿屋でも、もう空き部屋はないんじゃないかなぁ」


 店主も申し訳なさそうだ。


 もう何軒回っただろうか。

 少し前まで早く宿屋を決めて、おいしいものを食べに行こうと意気込んでいた。だが、今ではどのメンバーの顔も暗く、そろそろ野宿を意識し始めているようだ。小さな山岳国と聞いていたのに、町に入ると小さいながらもすごく賑やか。それだけでミアはテンションが上がっていた。それなのに、こんなことになるなんて。


 断られた宿屋からメンバーが出てくると、暗い顔を合わせる。

 だが、急に座長が腰に両手をやると小さな胸を張った。


「なんて顔をしているのですかっ! アイリス劇団はみなさまに笑顔を届ける使命があるのです! それが、そのような顔でどうするのです。野宿が何だというのですか! 草木と共に眠り、太陽の日差しを受けて起きる。素晴らしいじゃありませんかっ!」


 いや、受け入れられない。


 そういう美談めいた話が欲しいんじゃない。

 とにかく、今晩はフカフカのお布団だ。

 昨日もそういう話で盛り上がったばかりじゃないか。


 どうしようもないのは分かる。

 だけど、リーダーとして、これはいかがなものかと思う。


 他のメンバーを見ると、嫌そうな顔が並ぶ。

 どうやら、僕と同じ気持ちのようだ。


「これまでずっーとなので、今日はベッドの上の暖かい布団でねたい!」


 ミアがねだした。


 同感。


 メンバーが座長を見る冷たい視線は、ミアの意見に大きくうなずいているような圧力となっている。


「そ、そんなこと言ったところで、どうしようもないじゃありませんか! ない物ねだりをしても仕方ありませんわ。代わりに食事なら豪華にもできるではありませんか」


 座長がポンと手を叩く。


「そうです。食事を楽しもうと、ここまできたはずですわ! 何のために食べ物の話をしてきたのですか! 最初はそうだったはずです! みなさま、初心を思い出しましょう! 食べ物ですわ! そうです、それでいいのです!」


 いや、よくない。

 他のメンバーの心の声がハモった気がした。


 そんなメンバーの気持ちを知ってか知らずか、腕を振り上げ、座長は力強く歩き出してしまう。

 でも、もうそれでしか、今の気持ちが埋め合わせできないのも全員が分かっていた。

 足取りも重く、メンバーたちはゾロゾロと座長の後について行くことになった。

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