第3節 埋め合わせの食堂で

第52話 埋め合わせの食堂で その1

「おい、ミア! 私のフォークから肉を奪うな!」

「口に入るまでは誰のものでもないんだよ。隙だらけのレナが悪いんじゃないか」


 もう、そこは戦場だった。


 テーブルには沢山の料理が並べられている。もちろん、城の料理人が作るであろう豪華さはないが、ヒツジや牛の肉類、山菜など野菜類――。どれも素朴だが、濃い味付けで過酷な山岳地域で暮らす人々がスタミナをつけるための地域に根差した料理だ。都会で出される肉とは異なり、固めで歯ごたえがあるのだが、これは山岳部に生息する動物たちなので、かなり筋肉質で筋もしっかりしているからなのだろう。


 ナイフとフォークが鮮やかに舞い、皿の上の火花を散らす。


 テーブルマナー? 

 事は上品に?

 なんですか、それ?

 おいしいの?

 ここはテーブルの上なんだぜ。

 おいしいもの、つまりは食えないものに意味なんかないのさ。


 そんな勢いで、野宿の腹いせにメンバーたちは出される料理を片っ端から片付けていく。


「なんですか、その下品な食べ方は……」


 あきれたと言わんがばかりに、座長は小さく首を横に振る。


「フカフカのお布団がないなら、このぐらい、いいじゃないですか!」


 食べ物を胃に流し込んだ、その一瞬。

 口の中が開いた隙をついてミアが言う。


「そうですよ。どうせ野宿なんでしょ? 代わりに豪華な食事といったのは座長じゃありませんか」


 レナさんも酒で食べ物を胃に流し込むと、ミアとの肉争奪戦のさなかに答える。


「確かに、そうは言いましたが限度というものがございますわ。わたくしどもは――」

「まぁ、いいじゃないですか、座長。食べることも旅の楽しみなのですから」


 イザベラ姉さんは、なみなみと酒の入ったグラスを見つめた後、グイとあおる。


「それはそうですけれども……」


 さらに、座長がため息をつく。


 たぶん、メンバーに元気を出してもらおうと、座長は張り切って店の中に入ったのだと思う。ちょっとした優しさだったのかもしれない。だけど、メンバーはもっと単純で、粗雑で、野蛮。そんな気持ちはお構いなしのようだ。そういう点では、まだまだ座長はメンバーのことを理解できていないように思う。


「ねぇ、座長は食べないの? おいしいよ!」


 そう言いながら、クレアも他のメンバーの勢いに乗せられ、口いっぱいに食べ物を詰め込んでいる。


「ダメですわよ、この人たちを見習っては」


 そうだぞ、クレア。この人たちは教育にはよくない。ま、そんなことはお世話になっている身分では口には出せないのだけれど。


 しかし、そう言いながらも、座長の口調は既に諦めてしまったようで、声に勢いがなくなっている。


「ほらほら、そんなに頬張ってはのどに詰まらせてしまいますわ」


 無理に肉を口に詰めてむせるクレアを見て、座長が背中をさする。


「あははは……。確かにそうだね。少し硬い肉だから、子供は少しずつ、きちんと嚙んだ方がいいね。でも、いいじゃないか。ここまであの山道を登ってきたんだろ? 周りのことなんか気にする必要あるのかい?」


 大きな笑い声と共に若い女給が、大盛の肉料理と酒の瓶をテーブルに置く。

 

 見れば、その女給は髪を後ろで縛り、腕まくりをした動きやすそうな服装で、元気いっぱいの笑顔でメンバーを迎えてくれた。少し黒い肌は、ここガレラスで生まれ育った住民であることも分かる。


「いえ、こちらは頼んでおりませんが」


 テーブルに置かれた料理や酒に、少し戸惑いながら座長が答える。


「気にしないで。うちの料理長からのサービスだから」


 女給はキッチンの方を向き、つられて座長が視線を向けると、不愛想なコックが満足そうに小さくうなずいて奥へ入ってしまった。


「なんか、うちの旦那、あんたたちの豪快な食べっぷりが気に入ったみたい」


 女給は嬉しそうに顔をほころばせた。


『ものは言いよう』だな。豪快というか、下品な食べ方なんだけどね。


「ですって、座長。それじゃ、遠慮なく」


 レナさんが酒の瓶を取ると、そのまま瓶ごとあおりだした。

 下品なメンバーを快く思えない座長は苦笑いする。

 だが、そんな姿を見て、女給がさらに笑い出す。


「そうそう。そうでなくっちゃ持ってきた意味がないからね。それで、あんたたちも新しい国王の就任式を見に来てくれたのかい?」

「わたくしどもは、大陸を巡っている旅芸人です。この就任式にあわせた訳ではないのですが、人が多いことは大歓迎ですの」

「そうなのかい。でも、確か、そういう式典のイベントに参加する受付は終了したって話だよ。だから、今から話を通すのは難しいかもしれないね」

「そうですか。それは残念です。ですが、国のイベントに参加する方々のショーを見るのは、わたくしたちにとっても、良い手本となります。それならそれで、この就任式を楽しませてもらいますわ」

「そう言ってくれると嬉しいんだけどね。ただ……」


 女給は顔を曇らせる。そして、店内に目を向けた。

 僕も周囲を見ると、客が一人、二人と席を立ち帰っていく。

 入店したときには賑やかだったはずの店内。

 だが、気がつけば空席が目立つようになってきた。


「夜に『冥界からの放浪者』って呼ばれているのが出るのよ。分かりやすく言えば、『通り魔』というか、『殺人鬼』とでも言う方がいいのかな。夜中に外出していると、いつの間にか目の前にいて、人を襲うらしいの。軍が街の警護をしているんだけど、捕まらなくてね。せっかくのお祭りムードも台無しさ」

「それはいけませんわね」


 同じように店内を見渡していた座長が答える。


「こんなときに、本当に失礼なヤツだろ? 見つけたら、私が、こう、ギッタギタのボッコボコにしてやるんだけど――」


 女給は笑顔でパンチを繰り出してから続ける。


「まぁ、そんなわけで、今日の閉店も近いようなんだけど、今日の内に処分してしまいたい食材もあるんだよ。だから、気にせず食べていってよ」

「そうですか。そういうことでしたら、いただくことといたしますわ」


 座長も、ようやく笑顔を見せた。


 どうやら、座長の許可も得られたようだ。もっとも、そんなものがなくても、ミアやレナさんはお構いなし。もう、持ち込まれた料理に手を付けている。何か裏があったらどうするつもりなんだろう。


 なんとなく、僕も苦笑いしながらメンバーたちを見ていた視線を、座長に向ける。


「しかし、座長。そんな殺人鬼が出るんじゃ、僕たちも町の近くで野宿するのは危なくないですか」

「そうですわね。どういう素性の方なのかは存じませんが、盗賊の類なら町の外で頃合いを見計らって、町に入ってくるのが一般的かと。そうなりますと、周辺ではなく、もう少し離れて、昨日休んだ場所の方がよいかもしれませんわね」

「なんだ、あんたたち、泊まるところないのかい」


 僕と座長の会話に、女給が反応する。


「はい。宿屋は何件も回ったんですが、どこも満室だったんですよ」


 僕の言葉に女給が笑顔を見せる。


「それなら、早く言ってくれればいいのに。古い家だけど、前に住んでいた家があるんだよ。少し片づけなきゃいけないけど、野宿よりいいと思うよ。どうだい? お安くしとくよ」


 そんな女給の申し出に、僕は座長と手を取り合う。


 メンバーのバカ食いスキルのおかげで、こんないいことがあるなんて。ありがとう、バカ食い。下品、最高!


「いいですよね、座長」

「もちろんですわ」

「それじゃ、準備しなくっちゃね。私はリア・ヒューズ。リアって呼んで」

「わたくしは、ティナ・ダンフォード。この大陸に笑顔を届けるアイリス劇団の座長をしております。しばらく、お世話になりますわ」


 リアさんは座長と握手をすると、「じゃ、少し待っててね」と厨房へと戻っていった。


「よかったですね、座長。メンバーが食いしん坊じゃなければ野宿でした」

「う~ん、そのように言われますと、素直に『よかった』と認めたくありませんわ」


 僕の言葉にも、まだ座長は渋い顔。

 育ちの良さが、このメンバーの下品さを認めきれないのだろう。


「でも、ベッドの上で寝られるなら、意地を張っている場合じゃありませんよ。この酔いつぶれたバカにも感謝しなきゃいけませんね」


 イザベラ姉さんが、いつのまにか酒で酔いつぶれたレナさんに目をやって微笑んだ。


 さっきまで、バカ食い、ドカ食いの勢いだったのに。酒が回ったのかな。というか、前も酔いつぶれていた気がするけど、レナさんって、自分が酒に弱い自覚あるのかな。威勢はいいけど、それだけなんだよなぁ。


「レナさん、宿が見つかりましたよ。ほら、風邪ひいちゃいますよ」

「クリス、リアさんが来るまで、少しですが寝かせてやりましょう」


 いつも強くて、隙がないようなレナさんだけど、移動はもちろん、道中の警護で張りつめていたはずだ。確かに、座長の言うように休ませてあげるべきだろうな。


 僕はそんなことを考えていた。

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