第53話 埋め合わせの食堂で その2

「どうですか。イザベラはガレラスの食事を楽しむことはできまして?」


 座長がテーブルを見ながら呆れている。気がつけばテーブルの上の料理がほとんどなくなっていた。

 そういえば、僕も座長もミアやレナさんの食い意地に圧倒されていたので、あまり食べられていない。


「この爆睡しているヤツとミアがバカ食いしたおかげで、十分とは言えませんが……。それも、楽しい食事でしたよ」


 イザベラ姉さんは飲み干した後の酒のグラスを見ながら満足げに答える。

 座長は厨房の方に一度視線をやると、少々時間がかかると判断したのかイザベラ姉さんに向けて話し出した。


「ところで、イザベラは、ここガレラス王国に来たことがありますの?」

「私はありません。そうですね――。ガレラスと言えば、戦乱時代、比較的早くにアルテアの傘下に入った国ですからね。私のような者が活躍することはありませんでした。戦時中はアルテアの作戦の補助をしてくれていた国、と言った印象ですかね」

「確かに、わたくしにもガレラスと戦っていたという印象はありませんわね」

「太古の昔には山岳文明をもたらした一族の末裔ということで、かつては禍々しい儀式もしていたようです。しかし、そんなのは過去の話。今は、良くも悪くも『筋肉バカ』って感じですかね。ガレラスは山岳国ですから、兵にスタミナがあり、獣人の血が入っているだけあって長距離の行軍も平気でこなす精鋭部隊。兵の数が少ないために大きな作戦に加わることはありませんでしたが、それゆえに敵国の重要拠点を襲撃し、敵国の力を削ぐ、騎行を得意としていたと思います」


 戦時中のことを思い出しながら、イザベラ姉さんが答える。


「ガレラスを引き入れたことは、第一王子の提案を受け入れたお父様の意向によるものです。しかし、使いつぶすように繰り返し敵国の町を襲撃するよう命じたのは、その提案に反発していた第二王子であるジャック・ダフィールドの発案。ジャックお兄様は戦術には長けておられましたが、配下の者への配慮の足りぬところがありますゆえ、ガレラスには負担をかけすぎていたようです」

「負担って?」


「『汚れた闇の騎士』、『呪われた国王』――、ですか」


 僕の疑問に、イザベラ姉さんが座長に視線を送りながら答える。


「はい。ジャックお兄様の命により、次々と重要な拠点となる町を襲撃させました。当初はそうでもなかったようですが、しだいに襲った町に対する略奪や虐殺が苛烈になり、周辺国からの恨みを買うようになっていったようですわ。また、休むことなく次々と襲わせたため、煤まみれの甲冑を見て、いつしか『汚れた闇の騎士』と恐れられるようになったのです。最も、ジャックお兄様の指示に従っただけであって、虐殺が酷くなるなど噂にしか過ぎないとは思いますが……」


 座長は顎に手を当てて考え込んだ。それを見てイザベラ姉さんが続ける。


「そんなわけで反感を買っていたのだが、弱小とはいえ、アルテアの助力を得ている難攻不落の山岳国。正攻法で攻め落とせない周辺国は、国王に暗殺者を送ったわけだ」

「そうですの。暗殺者は退けましたが、最後に放った魔法は術式こそ完遂せずに死は免れたものの、呪いとなって国王に深く残ってしまい――。もう、長くはないはずですわ」


 今度はイザベラ姉さんの言葉を引き継いで、座長が説明した。


「さぁ、旦那には事情は説明したから、そろそろ行きましょうか」


 リアさんが戻ってきた。もう、出発しなければならない。しかし、座長はメンバーを見まわして、ガックリとうなだれた。


「はぁ……、どういたしましょうか。レナはこの状況ですし……」


 僕のあこがれの剣士は、いびきをかいて夢の中だ。


「大丈夫ですよ。私とクレアは馬車に戻って、馬車の見張りをしているマイラと店に戻ってきます。座長はリアさんの案内で宿屋に行き、クリスとミアで、このバカを運ぶってことでどうでしょうか」


 イザベラ姉さんの提案に座長も頷く。


「まぁ、それしかありませんわね。それでは行きましょうか。――いつまで寝ているのですか。ほら、時間ですわよ」


 座長がレナさんの座っているイスを軽く蹴る。


「ふぁ?」


 レナさんが寝ぼけながら顔をあげた。


「じゃ、クリス。後は頼んだぞ」

「えっ、ちょっと待ってくださいよ」


イザベラ姉さんは厄介者を押し付けてやったとニヤリと僕に向けて笑い、先に座長と共に店を出てしまった。


くそっ、やられた。


「レナさん! 起きてください。置いて行っちゃいますよ。ほら! ってか、ミアも手伝ってよって――」


 そういえば静かなだなと思ってミアを見ると、満腹の大きなお腹をさすりながらゲップをしていた。それに、なんだかちょっと顔が青いような気もする。


 ダメだ。僕が起こすしかない。


「レナさん! 起きてください! ほら、早く!」

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