第4節 酒場 カイラス

第13話 酒場 カイラス その1

「座長! こっち、こっち!」


 僕たちを見つけると、ミアは元気に手を振ってくる。

 旧市街地から約束をした花屋の前で戻ってくると、ミアとイザベラ姉さんが座長の帰りを待っていた。


「ミア、お待たせしましたか?」

「そんなことないよ。ボクたちも町を見てまわってたからね」


 座長の言葉に、しっぽを可愛く動かしてミアが答えた。


「お疲れ様です、座長。宿屋は向こう側です。馬車は少し離れますが、宿屋の指定の広場に停めてあります。すぐに向かいますか?」

「そうですわね、少し疲れました。それでよろしいですわね?」


 座長は振り向いてレナさんと僕に確認を取る。

 もちろん賛成だ。

 そして、イザベラ姉さんに案内されて宿屋に向かって歩き始めた。


「ねぇ、座長。いい場所は見つかった?」

「それが……」


 元気なミアとは対照的に、座長は疲れた表情で答えかねていた。


「あるにはあったんだが、ここの領主代行の許可が必要なんだ。だけど、私たちみたいな旅芸人じゃ、簡単に会わせてくれそうにないんだよ。ちょっと正攻法じゃ、難しそうなんだ」


 答えにくそうな座長に代わってレナさんが説明する。

 場所に関しては座長にも策がなさそうだ。あの守衛でも通してくれそうなコネでもあればいいんだろうけど。初めて来た町で、そんなものを僕たちが見つけられるはずもない。


「しかし、別のものは見つかりましたわ」


 座長の口元に笑みが浮かぶ。


「そうだ、座長。あの酒場には何があるんですか?」

「誘拐した子供たちの買い手が来るのさ」


 僕の疑問にレナさんが代わりに答える。


「それじゃ、クレアはその買い手を捕まえれば見つかるってことですね?」

「その可能性はある……かな。子供たちを誘拐していた強盗どもを締め上げたら、みんな、ある酒場に行けば声がかかるというんだ」

「そして、破格の値段で買ってくれる。それが、盗賊たちの間に広まっているカスターの酒場・カイラスの噂なのよ」


 レナさんの言葉をイザベラ姉さんが継ぐ。


「だが、妹さんを誘拐した盗賊が酒場にたどり着いたのか、買い手に接触できたのか、そもそも買い手は一人なのか。そして、何のために子供たちを集めるのか……。まだ詳しいことは分からない。近づいてはいるが、まだ期待しない方がいいだろう」


 少し諭すようにレナさんが僕に言った。


「でも、問題はありませんわ。分からないなら、行ってみるだけですもの。まずは、わたくしたちの拠点で一休みすることといたしましょう」


 座長の笑顔に促され僕たちは宿屋に到着すると、一休みすることにした。


※―※―※


「ミアは、この部屋! このベッドにする!」

「こらっ! ミア! そこはわたくしが使います!」

「一番、おひさまがポカポカだから、ミアはここがいいの!」

「それはなりません! 座長権限で、わたくしに譲りなさい!」

「だーめっ! 前に部屋とベッドは早い者勝ちだって、座長が言ったじゃないか! だから、座長権限は使えません!」

「うぅ……」


 日当たりのいいベッドに抱き着くミアを睨むと、座長は両手を強く握り、ギリギリと歯ぎしりをしていた。

 正式な受付を済ませると、ミアが猛然とダッシュ。続いて座長が走っていったかと思うと、この騒ぎだ。部屋は二人で一部屋。その窓際、特に日当たりのいいベッドを二人で争っているのだ。借りた部屋の中で日当たりのいいのは、ここだけ。こういうのがすぐに分かるってことは、かなり旅慣れてるみたいだ。


「ちょっと、二人ともどうしたんですか。もっと仲良くしましょうよ」


 よく分からない争いが始まり、おろおろしながら僕は二人の仲裁に入る。

 しかし、こんな些細なことでケンカが始まるなんて、本当に旅慣れているのかな。


「クリス、これは誰が座長であるか、この一座の責任者としてのプライドをかけた戦いですわ。手出しは無用ですの」


 やっぱり、二人の争いが僕なんかの仲裁で終わるわけもない。その後もよくわからない論理で争っていた。


「もう、二人とも何やってるんですか。座長も一休みするんでしょ? こんなに騒いでいたら、休みにならないじゃないですかっ!」


 座長たちの様子を見て、仕方ないな、とばかりにレナさんが割って入る。


「レナからも何とか言ってください。座長権限は絶対であることを!」

「さっき、座長はクリスに手出し無用って言っておいて、何でレナに助けを求めるんですか! それに早い者勝ちは、その絶対の座長権限で決めたことですよ。だから、早い者勝ちが絶対で絶対の権限なんです!」

「だから、その早い者勝ちを止めて、座長が一存で決めるということですわ! これが絶対の絶対で絶対の権限です! ミアは座長ではありません。そうですわよね? レナ!」


 どうでもいいことに、真剣なまなざしをレナさんに向ける座長。


「し・り・ま・せ・ん。私は隣の部屋にしますので、後は二人で適当に話し合ってください」


 ミアと座長を置いて、隣の部屋に向かおうとするレナさんの肩に手をかけた者がいる。イザベラ姉さんだ。


「座長とミアをこの部屋に残したら、あんたとあたしが同じ部屋になるじゃないの。座長のご指名なんだから、この無意味な争いを、あんたが決着つけなさいな」


 イザベラ姉さんは、レナさんを二人が争う部屋に押し込むと隣の部屋に向かう。


「グズグズ言い出したら面倒な座長を、なんで私に押し付けるんだよ!」


 レナさんがイザベラ姉さんに突っかかる。


「レナ、ちょっとお待ちなさい。グズグズ言い出したら面倒な『座長』とは、どこの座長ですの? まさか、このわたくしと言うわけではないでしょうね!」

「そしたら、ここは面倒じゃないミアのベッドで決定! にゃはは!」

「あっ! ミア、勝手に決めることは許されません!」

「おい! イザベラ! 一人で逃げるな!」

「放せ! あんたは座長のご指名だろうが!」


 二人が四人になり、やっぱり、よく分からない理由で争いを始めた。取っ組み合っていて、僕の入る隙はどこにもなさそうだ。


「あの……、僕は、どこの部屋にすればいいんでしょうか? えっと、座長? レナさん、ミア、イザベラ姉さん、聞いてますか? あの……」


 僕はため息をつく。

 ダメだ。みんなが好き放題に騒ぎ出しちゃって、新人の僕ではどうにもならない。

仕方ないので、落ち着くまで外に出ていることにした。

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