第7節 宴の後

第26話 宴の後 その1

「「「「「「乾杯!」」」」」」


 グラスを合わせ、メンバーは公演の成功を祝う。


 舞台の片づけも終え、メンバーはいつもの酒場でテーブルを囲んでいた。

 慣れているようでいても、やはり観客の前に出るのは緊張するようだ。

 今はどのメンバーもホッとしたような笑顔をしている。


「おい! 劇の最中に本気で襲ってくるんじゃねぇよ」


 レナさんがイザベラ姉さんに文句を言う。


「何を言ってるんだ。あんたも、あの観客の喜びようを見たんだろ? あたしはお客様第一主義なんだよ」

「それで、私がやられるようなことがあったらどうするんだよ。劇が台無しじゃないか」

「はぁ? あんた、魔術師のあたしに剣で負けるほど弱かったのかい?」


 イザベラ姉さんが鼻で笑う。


「何だと!」

「そこまでにしていただけませんか。二人とも劇を台無しにしておいて、何を偉そうにしているのですか」


 立ち上がるレナさんを座長がいさめる。

 舌打ちしながらも、ゆっくりとレナさんが着席する。

 逆に、イザベラ姉さんの方は、してやったりという感じだ。


「それでも、二人ともお疲れさまでした。今日はゆっくりと楽しんでください」

「そうだよ! みんなで楽しまなくっちゃ! ほら、レナ、イザベラ、どんどん食べようよ!」


 ミアにそう言われては、二人とも仕方ないとばかり気持ちを落ち着ける

 こいうとき、ミアがいてくれると本当に場が和む。

 また僕が仲裁に入らなきゃいけないって思ってたからね。


「クリスもご苦労様でした。あなたにいてもらって本当に助かりました」

「座長、クリスにはお優しい~」


 レナさんが意味ありげな微笑みを浮かべる。

 イザベラ姉さんも『ヒュー、ヒュー』と、ひやかしてきた。

 さっきまで険悪だったのに、なんで、急に仲良くなるんだか。


「無事に演劇も終わったことですし、メンバーの一員として町の皆さんに宣伝をしてもらったおかげで、盛大に劇が開催できたという――」

「はいはい。じゃ、そういうことにしておきます」

「そういう軽い扱い方がよくないと、何度も――」

「分かってますって。座長の気持ちぐらいは」

「な、何ですの? その下品な言い方は!」


 ニヤニヤするレナさんに、座長は顔を赤くする。


「座長も、レナさんも、そのぐらいにしておきましょうよ」


 なんだか分からないけど、僕が原因のようなので仲裁に入る。

 僕が割って入ると、なぜだか座長は急に下を向く。


「い、いや、あの、そうですわ。レナとイザベラが台本を無視しだしたとき、わたくしを止めてくれて、本当に助かったと、つまりは、そういう気持ちをお伝えしたかっただけですの」


 モジモジしだした座長を見て、レナさんが笑いをこらえていた。


 一体、何がどうなっているのか。

 役を演じられない僕に、気を回してくれただけだ。

 それなのに、レナさんは何が言いたいんだよ。


「兄ちゃん、きれいななお姉ちゃんに囲まれて、ええ身分やなぁ」


 突然、酔っ払いの男が僕に絡んできた。


「そ、そうですか?」

「そこは、『はい、そうですね』だろ。それに、その顔。美女に囲まれているんだ、もっと幸せいっぱいな、キラッキラの笑顔で返すんだろ?」


 酒も入って、上機嫌なイザベラ姉さんが大声で訂正してくる。


 確かに、そうかもしれないけど。

 最近、メンバーの性格が見えてきて、そのまま肯定できないんだよな。

 でも、そう強く言われちゃうと――。


「そうでしたね。どうやら、それが正しい回答のようです!」


 こう答えるしかない。

 キラッキラは無理だけど、なんとなく最高の笑顔も頑張って作ってみた。


「さっきの公演、見させてもらったよ。あの剣士と魔王の肉弾戦。久しぶりに燃えたなぁ」


 酔っぱらいの男は両腕を上げてファイティングポーズをとる。


「いや、本当はああいう感じじゃないみたいなんだけど……」


 もう、適当に返すしかない。


「まだカスターにはいるのかい? なら、あれやってくれよ、『破壊神と終末の勇者』。母ちゃんがよく話してくれたんだよ」

「いや……、そういう話、僕は知りませんので。それに、劇の内容を決める権限もありませんから……」

「へぇ、クリスは『破壊神と終末の勇者』の伝説を知らないのか?」


 今度はレナさんが、僕と酔っ払いの男の会話に入ってくる。


「はい、知らないです。なんですか、それ?」

「伝説はこう伝えられている。『混乱の世に希望の光が差し込もうとしたとき、混沌から闇が生まれるだろう。それは光が照らしだす大地を砕き、豊かな海を煮えたぎらせ、あらゆるものを浄化の名のもとに破壊しつくす。それは破壊神のなせるわざ。しかし、世界が崩壊に向かうとき、そこに勇者が現れるだろう。そこで破壊神は勇者に問う「この世界は存在するに値するか――」。勇者の決断でこの世の存続が決するだろう――』」

「レナさん、それ、神じゃなくて、ただの悪魔じゃないですか」

「まぁ、そうだな」


 指摘され、レナさんも納得。


「とにかく、その伝説を元にかみ砕いてお話にしたのが伝えられているのさ」

「そうそう。それで母ちゃんが『いい子にしてないと、勇者様にいらないって言われちまうよ。そしたら、お前も、この世界も、なくなっちまうんだよ。だから、いい子にしてるんだよ』って、脅されてたんだよなー」


 酔っ払いの男は笑いながら、何かを思い出していた。


「へぇ~。アイリス劇団でもやることあるんですか?」

「いや、そういう演目はないな」

「そうなのか。それは残念だな」


 それを聞いて、男はガッカリする。


「それじゃ、ホラーはどうだい? だって、夜にするんだろ? 雰囲気出ると思うけどな」


 うへへ、と男が不気味な笑いをする。


「何か変な伝承とかがあるんですか?」

「いや、私は知らないなぁ」


 僕はレナさんを見るが、さすがに首を横に振る。


「それじゃぁ、教えてやろうか? 最近の話さ……」


 そんなことは要求してないのに、酔っ払いは静かに話し出した。


「俺はいつものように、この酒場で気持ちよく飲んでいたんだ。その日、この前の姉ちゃんたちのように、ちょっとした賭け事があったんだが、俺は負けちまった。金もなくなったから、それ以上、飲むことできねぇ。仕方ないから、帰ることにしたんだ。だけどよ。勝負は負けるわ、酒は飲めねぇじゃ、早く家に帰ってもイライラして寝られねぇだろ? だから、旧市街地を歩いていたんだ。そしたら、聞こえてきたんだ……。なんだと思う?」


 わざわざ酔っ払いは僕に尋ねてくる。


「な、何ですかねぇ? 後ろから『お会計がまだですよ!』ですか?」

「バカ野郎、何ふざけたこと言ってやがるんだ。そうじゃねぇよ。金がねえって言っても食った分は払ってるよ」


 いや、こっちらこそ余計なこと訊くんじゃないよって感じ。

 耳をふさいでやり過ごしたいのに。


「たすけて……、帰りたいよ……って、そう聞こえたんだ。多分、あれは子供の声さ。怖かったけど、気になるじゃないか。それで声の方を見ると、そこに何があったと思う?」

「んー……、なんか、あんまり分かりたくないけど……」


 顔を背けると、酔っ払いは嬉しそうに手で、僕の顔を強制的に男に向けさせる。


「教会さ。以前、この近くが戦場になってな。それはひどい戦いだった。たくさんの人が死んだし、殺された。今の旧市街地は戦争の被害にあった者であふれかえっていたんだ。兄ちゃん、教会は見たかい?」

「新市街地の教会と同じような、あの教会のことですか?」

「そうだ。あそこに広場があっただろ? あそこでは軍隊の指揮官が兵士たちを鼓舞し、兵士たちが勝利を誓い合った場であり、教会の中は臨時の病院にもなった場所だ。つまり、戦争の怨念があの教会には宿っているんだ――」


 男は一呼吸おいてから話を続ける。


「あそこは建物が崩れかかっているから、立入禁止なんだ。だから、誰もいないはず。でも、ここまで来て、帰れるか?」

「――そうですね」


 僕なら帰ると思いますけど。


「だろ? それで中に入ったんだ。礼拝堂に入ると建物が崩れているおかげで、月の光が差し込んでいたんだ。見渡してみるが誰もいない。それで、問いかけたんだ『誰かいますか……』って」


 それ、典型的な間抜けな行動じゃないか。そこ、誰もいない所でしょ? 返事が来たら、それはそれで怖いじゃないか。僕なら心の中で『誰もいない、よし!』で指差し確認して帰るだけだよ。


「そうしたら、黒い影がササっと動いて礼拝堂の奥へ! しばらく迷った。やっぱり怖いし。でも、怖くても行くしかないだろ」


 バカじゃないですか? 

 僕なら帰ります。

 即座に帰ります。

 特急で。


「それで、もっと奥へ行ってみたんだ、黒い影を追って崩れた神の彫像があるところへ。だけど、そこには何もないんだ。何も――」

「じゃ、きっと、何かの間違いですよ。聞きまちがい、見まちがい。風のせいか何かじゃないですか?」

「そう、そのときは酒も入っているし、暗かったし、気のせいに違いない。そう思って帰ることにしたんだ。そしたら、『たすけて……、帰りたいよ……』って、今度は地の底から子供の声が響いてくるじゃないか。もう怖くて、逃げちまったよ」

「レナさん……、こういうのやって欲しいそうですぅ」


 すこし怖くなって、涙目でレナさんの方を見る。


「おい、さすがにそんな話をしたら、お客さんが帰れなくなるだろ!」


 そうは言いながらも、僕を見てレナさんが笑いをこらえていた。


「そうか。それもそうだよな」


 酔っ払いの男は豪快に笑う。


「まぁ、酒豪のお姉ちゃんには稼がせてもらったし、楽しかったよ。それじゃな」


 酔っ払いの男は仲間の元に戻って行った。


「レナさん、あんなこと本当にあるんでしょうか?」

「いろんな魔法もあるし、怨霊もあるだろう――。そんなことより、クリスはこういうのに弱いんだな?」

「いや、べ、別に弱いわけじゃ――」


 僕は両手を振って否定する。だが、レナさんは面白いものを見つけたとばかりに口の端を上げ、何度も小さくうなずいていた。


 何か考えている。しかも、絶対に悪いことに違いない。


「さぁ、みなさま、今日はご苦労様でした。急な準備で大変だったと思います。そろそろ終わりにいたしましょうか」


 頃合いを見計らって座長が、この会の締めにはいる。

 公演が終わって疲れが出ていたこともあり、今日は早めに切り上げることにしたようだ。


「座長、帰る前にちょっと寄って行きたいところがあるんだけど、いいですか?」


 そんなことを言いながら、レナさんが不気味な笑いを浮かべていた。

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