第60話 最悪の目覚め その4

「昨日の仮面の男、『冥界からの放浪者』について教えていただけませんか?」

「それはいいんだけど、教えるといってもね……。捕まっているわけじゃないから、私が知っていることなんて、噂だけで、ほとんどないわよ」


 座長の言葉に、リアさんが少し考える。


「今は何でも構いませんわ。見たところ、このオルカリアはそれほど治安が悪いようには思いません。であれば、ただの通り魔だと決めつけるには不自然な印象を持ちますの。しかも、一人、二人に対する犯罪であればで、個人的な恨みによるものと考えるべきでしょう。しかし、無差別ということになれば、もっと別の犯人の内面にかかわることが動機だと考えるのが自然だと思いますの」


「そうねぇ……。確かに、今はセレモニーの期間中でにぎやかだけど、ここはガレラスの首都と言っても、もともと小さな国の町だから、普段は犯罪なんかも少ない静かな町なのよ。戦時中も、すぐにアルテアの支配下に入って、他国から攻められることも、ほとんどなかったから平和でね。もちろん、物騒な事件がないわけではないけど、犯人はすぐに捕まえられて、平穏な町に戻っていたわ。だから、どうしてあんな人が出るようになったのかは分からなくて……」


「いつ頃から出没するようになりましたの? その直前に何か変わったことなどはありませんか」


「う~ん、そうね……、アルテアが大陸の統一を宣言した後、しばらくしてから……、かな? もともと『冥界からの放浪者』って名も、戦乱時代が終わり、虐殺した亡霊が地獄からやってくるってことで呼ばれるようになったものなの。それでも、以前は『たまに』って程度だったんだけど、それが、最近じゃ、連日のように現れてるから。それに、この町は戦渦に巻き込まれることがなかったから、復興というほどのこともしていないからね。だから、特に変わったことと言われても……」


「そうなると、例えば、他国から強盗が入ってきたってことになりませんか?」


 進展しない話に、レナさんが質問を投げかける。


「他の国の強盗が狙って来るほど裕福な国でもないし、今はにぎやかだけど、普段は人の出入りの多い国でもないから、他の国から人が入ってくれば、なんとなく近所の人はわかる気がするわ。それに、ガレラスに来てくれたから知っているかもしれないけど、国王は他の国の暗殺者に狙われたの。だから、その辺は町の人も気を付けているはずだし」


 そうか。この町は戦中から治安もよくて、何かあれば異変にはすぐに気がつくってことか。


「もう少し一般的な話として、アルテアの統一がなされた後、ガレラスでの話題と言えばなんだい?」


 議論を静かに聞いていたイザベラ姉さんも入ってくる。


「そりゃ、次の国王のことだよ。国王は暗殺者の攻撃で呪いをかけられてからは寝たきりで、いつ亡くなってもおかしくない状態だからね」


「確か、国王のご子息は三人だったよね」


「そうよ。長男のクリフォード様、次男のカイル様、そして、長女のカミラ様よ。でも、次男のカイル様は、戦争で命を落とされて、もういないの」


「そうなると、その長男が次の国王になる可能性が高いってことだね」


「カミラ様はまだまだ子供なので、そういうことになると思うんだけど……、正式な知らせはないの。もったいつけることでもないと思うんだけどね」


 リアさんは首をかしげる。

 イザベラ姉さんも肩をすくめる。


「長男のクリフォードもいるし、次の国の体制については問題なしってわけか……」


「う~ん……、それがそうでもないの。亡くなった次男のカイル様は勇猛果敢で、こんな小さな国でも、一時的とはいえ、領土を広げることができていた。だから、国民からの人気は高かったのよ。だけど、兄のクリフォード様が国王の補佐するようになってからは何もできないままに、早々にアルテアの下についたから弱腰だという人も多いの。それに、アルテアの指示とはいえ、周辺国で略奪なんかをして恨みをかったために国王に暗殺者を向けられたわけで、評価が高いとは言えないわ。だから、新国王の就任式といっても、あまり喜んでない人も多いの」


 イザベラ姉さんは「ふ~ん」と言いながら、さらに質問する。


「それじゃ、長女が後を継ぐって可能性もあるわけだ」

「え? カミラ様が?」


 急にリアさんが笑いだす。


「あのやんちゃ娘のカミラ様が国を率いるなんて、いくらガレラスが小さな国だからって、ないない! でも、そうなったら楽しい国になりそうだから、案外、悪くないかもね」


 リアさんは振り返ると隣のテーブルにいた常連客と思われる男たちのグループに声をかける。


「ねぇ、次の国王がカミラ様だったらどうだい?」

「はぁ? そりゃまた、すごい冗談だな」

「この国を喜劇専門の劇団にでもする気かい?」


 男たちも笑いだした。

 リアさんも笑いながら、僕たちの会話に戻ってくる。


「まぁ、そんな感じだから、年齢のこともあるけど、カミラ様が王位を継ぐことはないよ」


 さらに、少し考えてからリアさんが付け加える。


「そういえば、戦争が終わった直後に、城に出入りする怪しい人がいたようなの。クリフォード様が外国勢力を招き入れているのではないかって、少し噂になったことがあったわ。結局、何もなく、こうして王位が引き継がれるわけだけど、そういう噂が立つこと自体が町の人の評判があまり良くないってことじゃないかしら」


「確かに、次の国王は確約されているわけだから、わざわざ外国勢力と手を結ぶ必要はありませんよね。それじゃ、何かのきっかけから犯人にたどり着くことは難しいということですか」


 レナさんがそう言うと、座長をはじめ、メンバーが考えこんでしまった。


 こうなってしまうと、座長が考えているような、原因から犯人にたどり着くことは難しいってことになる。


「ってことは、直接リベンジしてやるしかないってことですね。でも、いいじゃないですか。次は必ず私たちが倒してやりますよ!」


 メンバーを鼓舞しようと、拳を振り上げてレナさんが吠える。

 でも、座長や他のメンバーは、何となく複雑な表情だ。


 まぁ、実力を疑ってるわけじゃないけど、殺人鬼じゃなくて、酒にやられた人に言われても――って感じではあるよね。でも、その手しか残されてない気がする。


「あの……、私ことはいいから、危ないことはしないでね。それより、温かいうちに食べてよ」


 リアさんは笑顔で立ち上がる。

 座長も、ふぅ、と一息ついた。


「そうですわね。それでは――」

「ごちそうさまーっ!」


 突然、ミアが元気に宣言する。

 静かだと思ったら、黙々と昼食をとっていたのだ。

 座長を見ると、額を押さえて小さく首を横に振っていた。


「ミアッ! 人が真剣に話をしているというのに、何を勝手に食べているのですか!」

「え……、だって、話長いんだもん」


 その後、ミアに対する座長の説教が続き、僕たちが食べるころには料理はすっかり冷めてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る