第23話 アイリス劇団の公演 その2

「明日の夕刻、教会前にて、アイリス劇団の公演が行われます! みなさま、お越しください!」


 僕は案内の看板を持ち、周りの人々に声をかけながら町の中を回る。


 二日酔いの守衛の相手をしたときと同じように、座長の笑顔を見たときには、どんな理不尽な仕事を押し付けられるのかと思った。でも、この程度の宣伝なら、本当に未経験の僕でもやれる仕事だ。


 ひと通り町を回り終えると、僕は宿屋に戻ってきた。

 そして、看板を戻すためにアイリス劇団の馬車のところへ行く。


「これで終わりだ!」


 急に、レナさんがビシッと僕の喉元に剣を突きけてきた。


「い、いきなり、ビックリするじゃないですかっ」


 僕は突き付けられた剣を横へと押しやる。

 もちろん、いつもの模造刀だ。


「いやぁ、すまない。やっぱり、相手がいないとセリフも締まらなくってね」


 レナさんは笑いながら頭をかいている。


 えっと、こっちにも心の準備があるので、いきなりはやらないで欲しいんだけど。


 冷や汗をかきながら周りを見る。

 ここで劇の練習をしているのはレナさんだけのようだ。


「他のメンバーはいないんですか?」

「最初はそれぞれで台本の確認をするんだよ。私は身体を動かしながらじゃないとセリフが頭に入って行かないから、こうやって外に出るんだ。それで、クリスも仕事、終わったんだろ?」


 台本を置き、レナさんがもう一本、模造刀を準備する。


「はい。座長から言われた仕事は――。あの、これは?」

「なら、こっちの練習といこうか」


 レナさんは僕に一本剣を渡すと、距離を置く。


「僕は嬉しいですけど、劇の練習はもういいですか?」

「『流れ者の剣士』は何度か上演しているから、私はセリフの確認で十分。それに、剣で打ち合っていれば剣士としての気分も上がってくるし、劇にもいい影響が出ると思うんだ。そんなことより、準備はいいか?」

「もちろんです。それじゃ、行きますよ!」


 言うが早いか、即座に間を詰めると一撃。


「おぉ。いいね! その勢いだ!」


 スッと身を引いてレナさんが躱す。

 レナさんは根っからの剣士といった風で、先ほどの演劇とは別の種類の鋭い目線を僕に向けてきた。


 レナさんも偽物の剣士より全力でぶつかる戦いを望んでいるってことか。だけど、ちょっと卑怯な不意打ちのつもりだったのに、レナさんには隙が無いのかよ。


 舌打ちを一つ。

 そして、さらに連続的に打ち込む。

 だが、うまく躱して、刃をはじいてくる。


「それで、クリスが剣を持つ理由は見つかったかい?」


 剣を交えながらレナさんが訊いてくる。


「分かりません。でも、レナさんに助けてもらって、アイリス劇団のメンバーと一緒にクレアを探していて、ここにいれば何か見つかりそうな気がします」

「なるほど――」


 レナさんが間を詰めると、強烈な横なぎの一閃。


 速い! 受けるか、いや、躱す――。


「ぐあっ!」


 僕の脇腹にはレナさんのロングソードが入る。

 剣の重量と勢いを乗せた技に飛ばされてしまう。


 迷っている暇はない。瞬間に感じ、反応を返す。自分の目的が定まっていなければ、確かに無駄な時間、隙が生まれてしまうかもしれない。


「まだまだやれます。お願いします!」


 ゆっくりと立ち上がると、自分が持つロングソードの剣先を見る。


 覚悟を決めなきゃダメなんだ。


 僕はロングソードを右手で高らかに掲げる。

 そして、息を吐きながら腰を落とし、上段で構える――。

 なんだか、気持ちが落ち着いた気がした。


「ほぉ。その動き、クリスはアルテア軍の戦場を見たことがあるのか」

「いいえ。たまに爺ちゃんがやっていたので。どうしたんですか? 急に」

「ちょっと、私の憧れの人を思い出してね。気にしないでくれ。それじゃ――」


 突進してくるレナさん。

 連続攻撃を、僕は剣でなんとか弾く。


「逃げてばかりじゃ、活路は見いだせないぞ!」


 そう言われ、レナさんの剣をガッチリ受け止めると向き合う。


「分かってますよっ!」


 レナさんのロングソードを押し返して、間を取る。

 そして、僕は素早く回し蹴りを食らわせた。


「何っ!」


 咄嗟の僕の攻撃にレナさんの対処が遅れ、頭蓋に一発。

 バランスを崩してたたらを踏む。


「剣技だからと言って、常に剣でだけで攻撃するとは限らないんですよね?」

「ああ、そうだ」


 レナさんはどこか嬉しそうな顔だ。

 なんとか一発食らわせたが、勝ちといえるほどじゃない。


「剣を持つ理由が見つかりそうなのはいい傾向だ。だが――」


 レナさんが全身の体重を乗せ、上段から強烈な一撃を放つ。

 それを受けようとした僕の剣は、その圧力に負けて弾き飛ばされてしまった。


「そこから何かを得るまでが難しい。何としてでも押し通るため、最後に自分を奮い立たせるものは自分が目指す理想だ。そのために、焦らず剣と向き合ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 まだまだレナさんには勝てそうにない。

 だけど、さっきの一撃。僕にだって届くんだ。

 僕は肩を上下させながら呼吸を整えていた。


「それじゃ、今日はこのぐらいにしようか」

「はい。剣の片づけは僕がやっておきます。宣伝の看板も片付けなきゃいけませんし。レナさんは夕食までの間、休んでください」

「そうか、悪いな。そうさせてもらうよ」


 僕は剣を預かると、レナさんと別れて荷物を置いてある馬車へと向かった。





 アイリス劇団の馬車に剣を片付けて戻ろうとすると、どこかで聞いた声がする。


 座長の声……かな?


 僕は声のする方へと行くと、見たことのある少女と座長が話していた。


「――なるほど。では、あの『割れたドクロのペンダント』は、秘密結社『煉獄からの解放者たち』がしているものなのですわね」

「はい。彼らは破壊神を崇め、この世の浄化を行おうとする者たちの集まり。かなり特殊な魔術に長けたものたちで構成されています。お気をつけて」

「ありがとう。この件は引き続き調査をお願いします。それから、演劇の準備もお願いしますわ」

「はい。分かりました」


 座長と話していたのは、僕が盗賊から逃げた時に、レナと共に助けてくれたマイラと呼ばれていた少女だった。


「座長。こんなところで何をしてるんですか」

「あ、クリス。ちょうどよいところに来ました。こちらは、マイラ・デューイ。アイリス劇団のメンバーですわ」


 振り返った座長は、僕にマイラを紹介してくれた。


「あの――」


 手のひらを向け、僕の言葉をマイラが制した。

 マイラは何かを紙に書くと、肩に乗っている小鳥の足に括り付けて放す。


「全て聞いている。私のことはマイラと呼んで欲しい。では――」

「あ、ちょっと!」


 マイラは僕には何も言う間を与えず、さっさと行ってしまった。


「えっと、座長……、僕、嫌われてますか?」

「大丈夫ですわ。あれがマイラですの」


 座長は微笑んで見せる。


「今晩も、みなさんと酒場で夕食にしましょう」

「あ、はい」


 よく分からないけれど、嫌われていないのなら安心だ。

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