第60話 美少女JKモデル、敵と向き合う①


 学校の雰囲気は、ここ数日でみるみる浮かれ始めた。

 いよいよ文化祭が近づいてきたのだ。


 廊下のあちこちに、作りかけの素材が散らかって、ホームルームは出し物の準備時間に変わる。


 そんな楽しげな雰囲気のなか……ウチは、生きるか死ぬかのガチ脚力勝負をして毎日を過ごしてた。

 ウチにミスコンを辞退する気がないと知った不良連中が、あらゆる手を使ってウチをボコそうとしてきたからだ。


 ラッキーなことに、奴らは全員脚が遅い、ってかこの世界の人間はほとんど鈍足だったので、逃げ切るのは簡単だった。

 でも、少しでも手が届いたら力の差で確定負け。

 スリルがパない。


 そんなガチでトムとジェリーな生活を送る間、よしひとはある作戦を立ててた。

 彼女が言うには、『復讐の一手』だそうだ。

 それは、文化祭の一週間前に決行された。



   ◇ 



 その日の放課後、ウチは生徒会室前で、ある人間を待ってた。


 会議が終わったらしい。

 椅子を引く音が聞こえて、扉からまず太っちょ役員連中が出てくる。


 不思議そうに眺めてくるそいつらを無視しながら、ターゲットが現れるのをじっと待つ。

 そいつは、列の一番最後に出てきた。

 乙田まる子だ。

 この世界では珍しい、細いシルエットの男と一緒にいる。


 彼女はウチに気づくと、一瞬だけ不思議そうな顔をしてから、普段のにこやかさに戻った。


「あはっ、山﨑さんだ! 久々!」

「よっ、乙田まる子さん」


 手を挙げ、フルネームで呼んでやる。

 ただそれだけで、彼女の人懐こい笑顔はわずかに曇った。

 ウチの来た理由を察したのだ。


「……なにか用かな?」


 笑顔を貼りつけたまま尋ねてくる。


「うん、ちょっと話そうぜ」

「もちろん。ここじゃあれだから、ちょっと移動しよっか」


 まる子は先に立って、生徒会連中が進んだのと違う方向へ歩き始める。

 ウチは後についてきながら、制服のポケットに手を突っ込んで、あるスイッチを入れる。


 ――ボイスレコーダー。


 これからまる子に電源タップを突きつけて、問い詰めた内容を全部録音してやるつもりだった。


 盗聴には盗聴でやり返すってワケだ。


 もし、彼女が白状しなくても、ボロが出たら万々歳。

 ボロを出なくても、ウチらが証拠を握ってるって知らせて、二度と手を出さないように牽制できれば、とりあえずの目標は達成だ。


 それに、ウチ自身、彼女の言い分を直接ききたかった。

 どうして、ウチらを狙ったのか。

 なにが気に食わなかったのか。


 廊下を進むまる子を、チラッと観察する。

 彼女の容姿は、見れば見るほど、普通だった。


 ウチらみたいに死ぬほどブスではなく、節子みたいに美形なわけでもない。

 体型だって、この世界では痩せ気味ってだけで、愛嬌で充分カバーできてる。


 そんな普通の人が、あんなに陰気な罠を張ったってのが、未だに信じられなかった。

 だから、すべてを目の前でハッキリさせてもらいたかった。


「ここでいっか」


 彼女が足を止めたのは、特別棟を出て裏手にある管理小屋の前だった。

 足元には草が生い茂ってる。

 放課後のこんな隅っこの場所には、当然ウチら以外の人はいない。


「で、話ってなに?」



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