第70話 美少女JKモデル、ガチで渋谷でリベンジする①


 渋谷のハチ公前。

 いつか紗凪と衣装を買いに来たときのように、ウチはその前に立って人を待ってた。


 周囲にいる人間たちは相変わらず若くて太ってるけど、前のような嫌悪感は感じない。

 むしろ、十二月を迎えて本格的に寒くなったこの季節では、その肉ちょい羨ましいなって思うくらいだ。


 ウチは、暇潰しにスマホをいじりながら、待ち人を待っていると。

 予想してたのと違う声がかけられた。


「お久しぶり、山崎さん」


 ギクッとして振り返ると、背後にいたのは予想通り、千代田節子だった。


「んな――なんでお前ここに……!」

「こんなメジャーなところで棒立ちしといて、その言い草はないんじゃない? 私だって渋谷にくらい来るわよ」


 彼女はここは私の庭よといいたげな顔で、お嬢様みたいに黒髪を揺らす。

 確かに、モデルをやるような女が渋谷にいるのは不自然じゃなくて、通行人たちは自分から脇役になってくみたいに節子をチラ見しながら去っていってた。


「んじゃ、偶然来たのかよ。ちぇ、運が悪ぃ……」

「運が悪けりゃ口も悪いわね」

「んだコラぁ……」


 威嚇するウチを相手にする素振りもなく、そっぽを向く。


 不満なウチは、ちぇ、朝の占い一位だったのに全然当たらんじゃんとか思いながら、節子が離れてくのを待った。

 けど、彼女はずっとウチの横にいる。


「……お前、いつまでここいんのよ」

「ここ、ハチ公前よ? 待ってる人が来るまでに決まってるでしょう」

「誰待ってんの……あ、カレシか! ウケる、随分ダサい待ち合わせ場所じゃん」

「いいえ、川門前さんだけど」

「ん? かわもんぜん……あっ⁉︎」


 ウチがそれに続く名前を思い出したそのとき、噂の人間の呑気な呼びかけが届いてきた。


「あ、りりあさんと節子さん! 一緒にいるっス! おーい!」


 川門前よしひとが、太った通行人たちの間を、手をブンブン振ってやってきた。

 その後ろにはマスクをつけた紗凪もいる。


「よしひと……なんでコイツ呼んだんよ……」


 着いて早々、ウチは節子を親指で刺しながらよしひとに尋ねる。


「だって、芸能人と連絡先交換したんで」

「だから?」

「遊んでみたいじゃないっスか」

「おけ」


 ウチは短く返事すると、よしひとの後ろに回り込んでヘッドロックをかけた。


「うぐっ! り、りりあさん⁉︎ なんで首絞めるんスか!」

「お前はいつも勝手すぎんだよ! 思いつきで動きやがってぇ!」

「くるしぃっス〜、暴力反対っス〜!」

「てか、お前もなんで来んだよ! 断れよ!」


 ウチは、よしひと越しに節子にも吠える。

 が……


「別に? 暇だったから」


 節子は、なに食わぬ顔で肩をすくめるだけだった。


 カーストのてっぺんに居座ってるくせに、コイツはコイツでよくわからん……悪いヤツじゃないんだろうけどさ……


 ウチはふざけた後輩にここ数ヶ月分の怨念を晴らし切ると、もうひとりの待ち人を振り返った。

 マスクをつけた彼女は、視線が合うと目だけでニッコリと笑った。


「紗凪は、風邪?」


 一応尋ねると、予想通り紗凪は首を振る。


「なんだか、人前に出るの怖くなっちゃって……情けないね、あんなにカッコつけたのに……」


 彼女はマスクの奥で再び笑う。

 前に見せた力強さはどこへ行ったのか、彼女には持ち前の儚さが戻ってきてた。


 ウチが腰に手を当てて、わざと呆れたように言ってやる。


「そりゃそうっしょ。この前まで引きこもってたヤツが、いきなりこんな人だらけのとこ来てんだもん。誰でもそうなるって」

「うん……」

「焦んなくても、紗凪のペースでゆっくりやってきゃいいからさ」

「……うん。ありがと」


 紗凪が頷く。ウチもそれを見て頷く。

 そう。ゆっくり変わっていけばいい。


「さ、じゃあさっさと用事済ませに行こ。マジで寒ぃし、暖房あるとこ入りたいわ……」


 ウチが手を叩くと、節子が尋ねてくる。


「どこに行くの?」

「あ? よしひとに聞いてねぇの?」

「なにも」


 ガチでよくついてくる気になったな……

 

「そりゃ渋谷で行くとこっつったら一つしかない……」


 ウチはブックマークしといた目的地のサイトを開いて、節子に突きつけて言った。


「ピンクでフリフリの服屋よ」



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