第74話 美少女JKモデル、ガチで帰還する②


 退院日は、意外と早かった。

 声が出ないって訴えてから、なんか脳関係の検査をアレコレと受けさせられたんだけど、結局どれもサッパリ成果が出なかったからだ。


 あと、ウチの顔には傷跡が残った。

 頬についた、大きな切り傷。薄れてはいっても、一生消えることはないらしい。

 みんな、命に比べたらって励ましてくれたけど、多分、モデルの仕事はもう来ないだろう。


 ウチは、退院翌日には学校に通い始めた。


 人から見たら、一週間程度の不在。

 だけど、ウチからしたら、数ヶ月振りの帰還だ。


 あの山崎りりあがトラックにバチバチに轢かれたって話は、学年中に広まってた。


 教室に入る前から、ウチの周りには懐かしい面々が集まってくる。

 誰も彼もが上っ面で同情しつつ、好奇心丸出しの目でウチを見てきた。


 んでも、ウチも、そんな彼らを新鮮な気持ちでジロジロ観察したから、おあいこだ。


「目でっか……」


 声が出ればそう呟いてしまったと思う。


 それくらい、全員平均して目がでっかかった。

 パッチリ二重はギョロ目にしか思えず、囲まれると恐怖さえ感じる。


 あと、廊下はビックリするくらいスカスカでビックリしたし、どっからか「マジ痩せたいんだよね〜」というセリフが聞こえてきたときは、思わずそいつの元へ駆けていって、問い詰めそうになった。

 正気か……? って。


 声が出なくてマジよかった。


 昔はなにも思わなかったのに、今は、このガリしかいない世界が、狂ったもんにしか思えなかった。

 いや、マジでエグち。

 デブだらけと同じくらい不自然だ。

 みんながみんな、頑張って同じ体型になろうとしてるなんて……


「りりあ、だいじょぶそ?」


 教室に入っても囲まれてると、別の取り巻きが声をかけてきた。遅刻してんのか、ゆあはいない。

 ウチはスマホを見せる。


『平気。でもなぜか声出ないからスマホで話す』

「ガチ? やばたにえんだね」

「つか、その顔の傷痛そ〜。大丈夫?」

『平気』


 ウチは今日何度も言われてるセリフに同じように答える。

 んで、他の連中と同じように、すぐに彼女たちは話すことがなくなって、自分たちで話し始めた。


「つかさ、この前ウチ、バズってるヤツ買ったわ」


 スマホでSNSにあげた画像を見せてくる。

 銀色で先のトンがった美容器具が写ってた。


「めっちゃ高かったけど、いい感じ」

『どう使うの』


 ウチのメッセージに、その子は瞼の上でジェスチャーをしてみせる。


「目にこう挟んで、放置すんの」

『それやるとどうなるの』

「目がおっきくなる」

 ウチは『バカじゃねぇの』と打ち込んだところで、ハッと気づいて全消しした。

 

 危ない危ない。前の調子でケンカ売るとこだった。

 もう充分デカい目をさらにギョロつかせてカエルにでもなるつもりか、なんて続けたら間違いなくビビられる。


 でも実際、意味はわかんなかった。

 目を大きくしようが、小さくしようが、中身がブスなら全部無駄なのに。


 その後も、彼女たちの質問に返したり、逆に質問したりしながら、ウチはそのペラッペラな会話に虚しさを感じてた。


 ウチの前にいるのが紗凪だったら、なんて励ましてくれただろう。

 よしひとだったら、どんなイカれた発想で笑わせてくれただろう。

 あんなに憎たらしかった節子でさえ、今はあのスカした感じが懐かしい。


 ウチは、もう勝手に話し始めた彼女たちに向けて、スマホのメッセージを立てかけて見せた。


『ねぇ、ウチってかわいい?』


 画面を覗き見た全員が、一斉に爆笑し始める。


「急になに⁉︎ ウケんだけど!」

「あ、口裂け女になったんじゃね⁉︎ 車に轢かれたから!」

「ギャハハ! ヤバいそれ!」

「んじゃ答えちゃダメじゃん! ポマードポマードポマード!」


 ウチも鼻で笑ってみせる。そう、これは冗談。


 でも、ウチは半分本気だった。

 んで、誰かがブスだって答えてくれるのを待ってた。


 そしたら、まだここが紗凪たちのいる世界かもしれないって期待できたから……


 今のウチには、どっちの世界にいたほうが幸せだったのか、全然わからなかった。



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