第75話 美少女JKモデル、ガチで再会する①
戻ってきた世界は、残暑の真っ只中。
カレンダーはまだ九月で、暑さが引くのは数週間先だって天気予報士なのかアイドルなのかよくわからん女が言ってた。
その証拠に、セミだってまだギャン泣きしてる。
たしかにウチは夏女だけど、冬からなんの前置きもなく戻されるのは、さすがにしんどい。
おかげで、ウチは毎日ヘロヘロになりながら登校した。
ありがたいことにこの世界はクーラーの効きがいいので、できるだけ室内に篭るようにしてたんだけど、その日は運の悪いことに、体育教師に、
「お、ちょうどいいところに」
と声をかけられてしまった。
「今日、山崎のクラス体育あるだろ? 悪いんだけど、体育館開けといてくれ」
ウチが思いっきり嫌そうな顔をしてみせても、声が出せないと効果は半減らしい。
「悪いな」
と言って鍵を押し付け、彼は廊下を早足で去っていった。
ダルすぎ……こちとら病み上がりだぞ?
もちろん腹立ったけど、声が出ないと悪態もつけない。
ウチは、仕方なく体育館の方向へと向かった。
◇
カースト最上位の人間として過ごす学生生活は、まあまあ懐かしくて、メチャクチャ退屈だった。
ウチを攻撃してくるヤツは一人もいなくて、それどころか全員がウチを妙におだてたり、媚び売ったりしてくる。
昔はそういう扱われかたを内心自慢してた。
でも、今はあんまり嬉しくないどころか、不安になることさえあった。
容姿の力がどんだけ人を狂わせるか、ウチは身をもって知ってるから……
ウチらの通う高校は、校舎から体育館へ向かうためには、一度屋外に出る必要があった。
分厚いコンクリ壁の影から恐る恐る顔を出すと、直射日光が飼い主の帰りを待ってた犬みたいな勢いでカッと照り付けてくる。
ちょ、暑い! 離れて離れて! と注意したところで、生命力いっぱいの太陽はウチの肌をベロベロ舐める。
ウチは日傘を持ってこなかったことを後悔する。
こんなに暑けりゃ体育館なんてガチ地獄だろうな、なんて、入る前からげんなりしていたそんなとき。
……知った響きが耳に届いた。
「おいブス! こっち向けよ!」
え、ウチのこと? と一瞬思って、ここはそういう世界じゃないことを思い出す。
それに、声までの距離は、呼びかけにしてはやけに遠かった。
セミどもの他はなんの音もしない夏の校舎に、女の声がよく通る。
「ごめんなさいは? あ? 聞こえてねぇって。土下座してちゃんと謝れよ」
怒声は、どうやら体育倉庫の裏から聞こえてくるみたいだった。
声の主にも、このシチュエーションにも、バッチリ心当たりがある。
懐かしい、ブサイクな響き……
そっと現場に近づいて覗き見ると、やっぱり想像通りの光景が広がってた。
スカートを極端に短くしたガリ女どもが、林みたいに立ち並んで、ひとりの女生徒を見下ろしてる。
吠え続けてるのは、もちろんゆあ。
そして、囲いの中で土下座させられてるのは……ドラムだった。
同級生と比べても一際大きな彼女を見るのは、本当に久しぶりだった。
まだいじめられてんだ……
ウチの心がチクリと痛む。
数ヶ月前に彼女にやった仕打ちを後悔する。
焼けたアスファルトには、例のお守りがついたサブバックと、教科書がばらまかれていた。
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
「もっとハッキリ言えって」
「ごめんなさい……‼︎」
ゆあはチッと舌打ちすると、近くにあった真新しい教材を、靴で思いっきり踏みつけた。
「お前、マジでキモいね。見てるだけでゲロ吐きそう。生きてるだけで人に迷惑かけんのに、なんでまだ死んでないの?」
ゆあは真上から睨みつけたまま、教科書を蹴ってドラムにぶつけた。
「ブスは早く死ねよ!」
ウチは倉庫の影に戻って、口をへの字に曲げた。
直接見なくったってわかる。
今のゆあは、ウチをリンチしてきた連中と同じ顔をしてるはずだ。
なら、ゆあのほうが圧倒的にブスだ。
さて、とウチは腰に手を当ててちょっと困った。
ドラムを助けてやりたいけど、やろうにも声が出せない。
考えなしに飛び込んでいってもいいけど、さらにゆあを嫉妬させるだけのような気もすんだよね。
うーん難問……とウチが小さい脳を動かして考えてると、ちょうど男子がひとり校舎から出てくるのが目に入った。
……あ、そうだ。あんときの真似で良くね?
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