第76話 美少女JKモデル、ガチで再会する②


 ウチはスマホにメッセージを打ちながら、彼にズンズン近づいてく。


 最初は陽射しの眩しさに気を取られてた彼も、ウチが自分めがけて突進してくることに気づいて後退りした。


 ウチはビックリしてる男子生徒に問答無用でスマホを突きつける。


『こっち来て』

「え……?」


 困惑する彼を手招きし、校舎の影になる場所へ誘導する。

 体育倉庫に近く、しかし逃げ道から死角になる場所だ。


「な、なにか用ですか……?」

『↓これ読んで。先生呼んでる風に。大声で』


 ウチは改行した次の文章を示す。


「え……? これ、読めばいいんですか? この下の文? よくわかんないけど……わかりました」

 彼は、不思議そうにしつつも素直に頷くと、大きく息を吸って叫んだ。


「せんせー! 体育倉庫にあるんですよねー! いくつ持ってけばいいですかー? あ、わかりましたー!……これでいいっすか?」

 

 彼は最後にコソッとウチにきく。

 ふむ、なかなか自然な演技力だった。芋だったらバレるかもしれなかったからな。褒めてつかわす。


『褒めてつかわす』

「あ、あざっす……」

『もう帰ってよい』

「あ、うす……」


 最後まで困惑したまま頭を下げる彼が立ち去るのを見届け、死角から首を少し出す。

 すると、まるで殺虫剤かけられたみたいに、体育倉庫の影からゆあたちが逃げてくのが見えた。


 ふふふ、まんまと効いた。

 楽勝だ。

 伊達にカースト最下位経験してきてねぇんだわ。


 ウチは、フンフンと鼻歌を歌いながら――音出ないけど――不良のいなくなった巣を再び覗く。


 そこでは、ドラムが地面に散らばった教科書を拾ってるとこだった。

 ウチが来たことには気付いてないようだ。


 別にわざわざ注意を引くこともないかと、ウチも足元に落ちてたノートを拾ってると、


「ひぇ⁉︎」


 と、向かい側で小さい悲鳴が上がった。


 目を上げると、ドラムがウチを凝視したまま身を仰け反らせてた。

 ウチは思わず、警戒するアライグマってこんな感じだよな、なんて感想を抱く。


 まるで窒息したみたいにどんどん青ざめてく彼女に向けて、ウチはスマホを打って見せた。


『大丈夫、なんもしないから』


 さらに付け足す。


『ごめんね、ウチの知り合いが』


 そのメッセージを見て、ようやく彼女はアライグマから人間に戻った。


「あの……えっと……」


 彼女は視線を忙しなくウチの前や後ろなどに動かしてから、やがてウチの手元に注目する。


「あの、ありがとうございます……ノート……」


 ウチは眉を上げて、拾った物を持ち主の手に返す。


『別に、こんくらい当たり前っしょ』

「いえ、嬉しいです……山崎さん、雰囲気変わりましたね……あっ」


 キレられるとでも思ったんだろう。

 彼女の顔から血の気がサッと引いた。

 今までのウチがどんだけ偉そうだったのか、その反応でよくわかる。


『色々あったからね』


 ウチが短く答えると、彼女は納得したように頷いた。

 多分、交通事故のことと勘違いしてるんだと思う。

 

 でも、そんなもんじゃない。

 本当に『色々』あったんだ。

 

 多分それは、一生誰にも共有できないんだろうけど……


 ウチは、声もなくため息をつく。

 やっぱり、思い出すとどうしても会いたくなってきてしまう……


 ウチは、気を紛らわせるためにスマホに『ドラムは』と打って、指を止めた。


 ドラムなんて最悪なあだ名、使いたくない。

 文字にしただけで、自分がブスに染まってくみたいだ。


 打ち込んだ四文字を消して、新しい文章を書いて見せる。


『ウチ、アナタの名前知らないや。なんて名前なの?』


 散らばった教科書を腕に収めた彼女は、ウチのスマホを覗いて意外そうな顔を見せた。

 そして、おずおずと答えた。


「あ、あの……いこまです」


 ……その三文字を聞いたとき、ウチは一体、どんな顔をしてたんだろう。


 目の前の『いこま』さんが、


「あの、顎大丈夫ですか、顎……!」


 と言ったので、相当すごかったんだと思う。


 焦ってスマホを打つ。


『いこま⁉︎』

「は、はい……」

『漢字は⁉︎』

「い、生きるの生に、将棋の駒の駒ですけど……」


 同じだ……

 心臓が肋骨を叩きまくって、そのまま突き破って出てきてしまいそうだった。


 まさか。まさかまさかまさか……!


 震えてうまく動かない指を押さえつけて、ウチは、一番聞きたくて一番聞くのが怖い質問を彼女の前に突き出した。


『下の名前は』

「えっと、その……さな、です」

「さな……」


 ウチは彼女の返事に驚いて、さらに自分の声が聞こえたことに混乱した。


 今……声が出た……⁉︎


 生駒さなと名乗った少女も、驚いたように眉を上げる。

 でも、ウチの声なんて今はマジでどうでもいい!


「さ……さ、さなってこの漢字⁉︎ ねぇ、これ⁉︎」


 ウチが掠れた声を張って、スマホに書いた『紗凪』という名前を書きつける。

 すると、生駒さんは再び息を呑んだ。


「あ、そうです! すごい、どうしてわかったんですか? あんまり普通の字じゃないのに」

「……紗凪!」


 ウチは、思わず彼女に抱きついてた。


「ひぇっ⁉︎ え、どうし……なんで⁉︎」


 狼狽える彼女の声が頭の上から聞こえる。

 それで、ウチはますます確信した。


 顔はもちろん違う。体つきだって全然違う。

 抱きついたときの感触なんか、真反対だ。


 それでも、彼女は『生駒紗凪』だった。


 ――その存在は、互いの世界からは観測できないっスけど、どこかで繋がってもいるんス。


 いつかどこかでよしひとが言ってたことが、不意に頭に浮かんできた。


 そう、繋がってるんだ。

 ウチらは、たしかに同じ場所に生きてる。


 離れてても、見えなくても、ウチらはずっと繋がってる。


「……ねぇ、友達になろうよ」


 ウチが紗凪の胸から顔を上げて言うと、彼女は目をパチクリさせた。


「え、へ、え……? あ、友達料払う感じのですかね……い、いくらですか……」

「はは、前にそんなこと言ったヤツがいたなぁ」


 ウチは笑って、紗凪の大きな体から離れた。

 彼女は半分恐々、半分不思議そうにウチを見てる。


「さて、鞄はあるから、サボる準備はできてんね」

「え……? サボる……?」

「ウチ腹減ってんのよ。マック行こ、マック」

「え、でも……授業がまだ……」

「アンタ、真面目だから平気っしょ。ウチらの最初はマックって決まってんの」


 ウチが先頭切って歩き出すと、彼女は迷った挙句に、おずおずとついてきてくれる。

 まだこっちの世界の紗凪は、ウチに笑顔を見せてはくれてない。

 なにを言われるか不安で、なにをされるか心配で、怯えてる。


 けど、大丈夫。

 まっすぐ、心で向き合えば、絶対に通じるから。


 ウチは振り返いて、紗凪に言った。


「んでさ。マックついたらウチの話聞いてよ」

「あ、はい……えと、念のため、どんな話ですか……?」

「うーん……学校1のブスが『ウチは美少女だ!』ってミスコンで暴れ散らかす話?」

「……ふふ。なんですか、それ」


 紗凪はようやく、小さく笑ってくれた。

 ここから、ウチらの毎日はまた始まったんだ。




 ― END —



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学校1ブスの山崎さんが「ウチは美少女だ!」って暴れ始めた…… 伊矢祖レナ @kemonama

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