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第36話 ダークラムの煌めき

※これは『100日後に10万文字になるエッセイ』の転記です。
慣れるためにこちらにも置いています。

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 お酒がろくに飲めないくせに、私はお酒が好きである。それも、度数の高いエグいお酒を目がない。今まで手を出してきたのは、日本酒、ウィスキー、焼酎、ウォッカ、などなど。興味が湧いたら「飲みきれないよなぁ……」とか言いながらつい買ってしまい、少し飲んではアルコールの過激さに目をチカチカさせ、大部分を残すのだ。結果、大吟醸を料理酒として使っている。

 そんな酒蔵に怒られそうな日々を送る中で、私はまたこりもせず、新しい女に手を出してしまった。ラム酒である。

 ぼくらの出会いはありふれたものだった。ちょっとしたお祝いのために、地元のフランス洋菓子店に出向いたぼくは、ショーケースに並ぶケーキの中で、今まで食べたことのないものを注文してみた。アリババ、というドーム型のお菓子だ。
 ブリオッシュにクリームを挟み、ラム酒で漬け込んだものだと店員さんが教えてくれる。ケーキと呼べるのかは甚だ疑問だったが、興味を持ったので頼んでみると、店員さんは変わらぬ口調でぼくに尋ねた。

「ラム酒、追加しますか?」

 はい!?!?!?
 あまりに都合の良いワードだったため「お願いします!」と即答してしまったが、ふと我に返る。

 人を狂わせる水こと酒を無料で追加してくれるなど、そんなうまい話があるだろうか。まさかオプション料金か。既にそこそこ高い洋菓子をいくつも注文しているので、これ以上の出費は少し痛い。だからといって、ここで「え、無料ですよね?」なんて聞き返せば、オプションさえ気前良く払えない肝の小さい男、どうせ食事も割り勘だしタクシー代も出さないし一駅ケチって歩いたりするんでしょうと思われてしまう。その通りである。ぐうの音も出ない。本当に申し訳ない。

 が、沈黙は金なので黙っていると、どうやら本当に無料でラム酒を上からかけてくれるらしい。それがアリババ界の常識なのだろうか。

 まるで話のメインがアリババのようになっているが、今日話したいのはラムである。

 一度奥に引っ込んだ店員さんに連れられ、ようやくヒロインが店の奥から登場する。少女のラベルが貼られた、くびれた瓶。中を満たす黒光りした液体。「ネグリタラム」と彼女は名乗った(ぼくがラベルをジロジロ見た)。
 怪しい魅力に満ちたその外見に、ぼくは一瞬で心を奪われる。今まで遊んできた女たちとは、彼女は雰囲気がまるで違った。美しく、気品があり、どことなくエスニックだ。

 店員さんが彼女を傾けると、とろりとした液体が瓶の首元にある球状の溜まり場を通り、とくとくとくと甘い音が鳴る。アリババはネグリタでダバダバだ。

 出会いの衝撃を受け止めきれない僕は、帰る道すがらに、彼女のことをグーグルした。すると、魅惑の言葉がスクリーン上に並ぶ。ラムの貴婦人。世界的銘酒。1580円。

 気づくと、僕の指は既に彼女をアマゾンしていた。


 届いた。
 酒用の細長い段ボールを無心で開けると、彼女は出会ったあのときの姿のままで、ぼくの前に現れた。
 ダークラムなんて大人びた名前で、焦がしたカラメルのような肌をして、甘やかなチョコのような香りをさせた蠱惑的な少女が、ぼくの狭い玄関に佇んでいる。

 その違和感に既にクラクラしつつも、とりあえずぼくは、彼女をグラスに注いでストレートで飲んでみた。
 舌の上で転がし、時間をかけて彼女を理解してみる。

 ……ふむ。そうか。なるほど。

 ラムって、そのまま飲むものではないのかもしれないな。

 そうして我が家のキッチンには、レーズンを漬ける専用と化したラム酒が料理酒用大吟醸の横に仲良く並びましたとさ。おしまい。


 リハビリのために少し書いただけ。

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