第57話 美少女JKモデル、敵を知る①


 ……それから、どれくらい経っただろう。

 次の鐘が鳴ったのかさえ定かじゃない。


 横たわってると、前に節子から言われたことが、身に染みてわかってきた。

 ウチは、自分が買ってる恨みの大きさが見えてなかったらしい。


 頭の血が抜けたからか、この世界のルールが、今になってハッキリと見えてくる。


 今までずっと意味不明だと思ってたけど、どうやらこの世界は、前の世界からなにひとつ変わってなかったみたいだ。

 単にウチの立場が変わって、見下ろすほうから見上げるほうに景色が変わっただけ。


 美人か、ブスか。

 そんなクジみたいなもんで、世の中からの扱われかたは天から地に変わる。

 もし神様がいるんなら、そいつは怖いくらい単純で乱暴なバカなんだろうな……

 

 そんなことを思いながら寝てると、


 ガラ――ッ。

 

 と扉の開く音が聞こえた。


 ウチは、大騒ぎになることを覚悟した。

 なんてったって、なんにもない空き教室に、顔を腫らした生徒がひとり倒れてるんだ。

 異常事態なのは誰にでもわかるだろう。


 でも、代わりに落ちてきたのは、呆れたようなため息だった。


「派手にやられたわね。ボロ雑巾みたい」


 思わず頭を床から持ち上げる。


 そこにいたのは、千代田節子だった。

 ドアを閉めて近寄ってくる。


 ウチの前まで来ると、上品にしゃがんでくる。

 ウチの視界は、彼女のデカい腹で満たされる。


「大丈夫?」


 切れた口元に、白いレースのハンカチが当てられた。


 ウチは鼻で笑ってしまった。

 さすがのりりあちゃんでも、こんなに性悪な人間には会ったことがない。


「……んだよ、自分で差し向けたくせに、いい人ぶりやがって。サイコパスか?」

「口はきけるみたいね」


 節子は気にしていないかのように言う。


「お前のせいで、あちこち痛ぇけどな。満足? ムカついてたブスをボコボコにできて」

「悪かったわね、止められなくて。病院行くなら、少しは負担するわよ」


 ウチは、目の前の膝小僧に信じられないという目を向けた。


 コイツは……どこまでケンカ売ったら気が済むんだ?

 人を舐めんのもいい加減にしろよ……


「いらねぇよ! なんなんだよ! 普通にバカにしてこいよ! 遠回しなことばっか言いやがって……紗凪不登校にしたのだって、脅迫の手紙入れてきたのだって、全部お前がやったんだろうが!」

「違うわよ」


 彼女は即答する。

 まるでウチの恨みを断ち切るように。


「貴女、まだ勘違いしてるのね。私は、あの子たちのボスじゃない。あの子たちがなにをしてるのか知らないし、止める力なんて、持っちゃいない」

「は……はぁ? 嘘つくなよ! お前がリーダーだろ! いつも真ん中にいるし、偉そうだし、あのなかで一番美人だし」

「私を美人だって認めたのは褒めてあげるけど」


 彼女は、ウチから今の言葉が出たのが信じられないというように、細い目をパチクリさせてから言った。


「容姿が良ければ中心になれると思ってるなら、それは世間知らずってものよ。小学生……いや、猿山の知識ね」


 また猿扱いしやがって……


「……じゃあどんな関係なんだよ」

「利害関係かしら」


 彼女はウチの血がついたハンカチをポケットに戻すと、小さなため息をついた。

 それは、ウチに失望したというより、疲れたサラリーマンみたいな弱々しさだった。


「少し怖いのと一緒にいると、周りから嫉妬されなくなるのよ。だから、そういうのとも仲良くするようにしてるんだけど……思ったより気に入られちゃってね。生駒さんへの暴力なんか見てられなかったから、バレないように中断させてたけど、変に止めると矛先こっちに向くし。めんどくさいことになったわ」


 濡れたようにさえ見える髪をクルクルと指で弄ぶ。

 ウチの頭には、耳鳴りが響いてた。


「じゃあなに……アンタはなにもしてないの……」

「そうね。だって、する理由がないもの。しなくても勝てるのに、わざわざ手を出す必要ないでしょ?」


 溢れる自信。

 誇り。

 そこには努力で裏付けされた信念が見え隠れしてた。


 嘘じゃないんだ……


「なんだよそれ……じゃあ、マジでウチだけ悪者じゃん……」

「悪者……?」


 節子は不思議そうに聞き返す。

 でも、返す余裕もない。


 敵だと嫌ってた奴は、紗凪への暴力を止めてさえいたんだ。

 思い返せば、紗凪は会ったときから、節子はいい人かもしれないと口にしてた。


 それは、胸が苦しくなるほど辛い事実だった。


 なら、紗凪の敵は、最初からウチだけだったんだ……


「とりあえず、元気ならもう行くけど。ひとりで歩ける?」

「は……平気だし……」


 ウチは立ちあがろうとするも、尻餅をついてしまった。

 強がりたくても、体中から気力が抜けてしまってる。


 それでも、節子の手は借りまいと再び踏ん張ってると、その気を挫くようにウチのスマホが鳴った。

 ウチは誰かも確認しないまま電話を取る。


「誰……」

 ――りりあさん‼︎‼︎


 思わず通話口から耳を離した。

 よしひとが大音量で叫んでた。


 ――今どこいるんスか‼︎‼︎ 大発見っス‼︎‼︎



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