第72話 美少女JKモデル、ガチで謝る


「やっぱりちょっと大きいけど……わたし、この服着れるように頑張って食べるから」


 店を出た後。

 紗凪は紙袋の中を何度も確認しながら言った。


「ダイエットの目標」

「うん。頑張んな」


 ウチは頷いて励ます。

 紗凪の笑顔は晴々としていた。

 調子が戻ったどころか、新しく生まれ変わったみたいだ。


 そのとき――


「なにあのブス。キッツ」


 クスクス。

 人々のざわめきに満ちたなかでも、その声はハッキリ聞こえた。

 急いで振り返っても、悪口の正体は、肉厚な群衆に紛れて消えてしまう。


 別に、これが初めてじゃない。今日だけでもない。

 それでも、ドス黒い冷たさは、いつでもウチらの胸を貫く。


 彼女たちの消えた先を睨んでいると、


「気にしないでいいよ、りりあちゃん」


 紗凪が困ったように眉を下げて、ウチに笑いかけてた。


「平気だから」


 紗凪にも聞こえてたらしい。

 言葉とは反対に、ヘラッとした笑みからはダメージを負ってるのがありありとわかる。


「……冷てぇよなぁ、この世界は」


 ウチは思わず愚痴をこぼしてた。


「やってらんねぇよ、ブスだのガリだの好き放題言われて。好きでそうなってんじゃねぇっつの」

「そうだね……」

「……でもさ、ウチはもうどうでもいいかなって気もすんだよね」

「え?」


 紗凪が意外そうにまばたきする。ウチは肩をすくめた。


「だって、どんだけ知らねぇヤツにバカにされてもさ。こうやって一緒に遊んだり、愚痴ったりしてればさ、全部無視できんじゃん? ウチらには仲間がいる。そんだけで、少しはこの世界も生きやすくなるっつーか」

「……うん」


 紗凪は言葉を噛み締めるように、何度も頷いた。


「うん、そう思う。みんなと一緒なら、ずっと楽。ひとりでいるよりずっと……」

「っしょ?」


 ウチがニヤッと笑ってみせると、紗凪もほほえんでくれる。


 ウチは空に視線を投げる。


 ビルだらけの空は窮屈そうで、まるで世間の狭さを表してるみたいだった。


 結局ウチは、元の世界には戻れなかった。

 ミスコンが終わってもなにも変わらず、あるのはカースト最下位の日常だけ。

 世間の目だって、相変わらず冷たい。


 それでもウチにはもう、前の世界に未練はなかった。

 ウチは、この世界で生きると決めたから。


 今のウチが予想できないツラさとか苦しさがまだまだ待ってるのかもしれないけど。


 この子達がいるなら、きっと平気だから……


「……ウチ、起業しようかなー」

「えっ⁉︎ りりあさん起業するんスか⁉︎」


 ウチの呟きに、よしひとが真っ先に反応した。


「いや、別に今思いついただけだけどさ。なんか、ウチらみたいな痩せ型用の服って、全然ないじゃん? とくにかわいい服」


 ウチは、二次審査の衣装を調達した店を思い出す。

 ありがたい存在ではあったけど、品揃えの種類で言えば、太いシルエットの服とは比較にならないほど少なかった。


 なら、細い人でもオシャレな服を着れるように。

 いや、理想は、どんな体型の人でも、オシャレを我慢しなくて済むように。


「そういうブランド立ち上げようかなって」


 ウチが頭に生まれたアイデアをなんの気なしに話すと、紗凪が「わぁ!」と両手を合わせた。大きな瞳がダイヤみたいに輝いてる。


「いいと思う! りりあちゃんオシャレだし、絶対できるよ!」

「お、おぉ……そう?」

「あっしも一枚噛ませてほしいっス!」


 よしひとがピョンピョン跳ねながら挙手した。


「りりあさんにはすでにフォロワーもついてますし、信者もいますし。紗凪さんにはSNSと広報を担当してもらって、節子さんにはモデルを……おぉ、うまく行くビジョンが見えるっス! 間違いないっス!」


 よしひとの頭のなかで、ウチの起業計画が勝手に組み上がってく。

 ていうか今、ナチュラルに節子を巻き込んだなコイツ……


「りりあさん、やりましょう! 今すぐやりましょう!」

「いやでも、マジで超思いつきなんだけど」

「心配無いっス! ミスコンで最終審査まで行ったりりあさんなら絶対できるっスよ! 創業者っスから、うまくいったら大金持ちでスし! しかも女子高生社長なんて、メディアが放っておかないっスよ⁉︎」

「……え、そう?」

「そうっス! よっ、社長! 敏腕経営者! 女子高生CEO!」

「お、おぉ!」


 ウチは思わず興奮した。

 シーイーオーってのがなにかはわかんないけど、なんかできそうな気がしてきたぞ。


「なるほど、こうやってミスコンに担がれたのね」


 節子が、端っこで感心したような呆れたような感じで言う。


 よしひとの熱に当てられながら、ウチはしみじみと思った。


 なんか、自分のブランド持つって夢、叶っちゃいそうだな……

 こんな形で叶うなんて、予想してなかったけど。


「早速、明日から動くっス! チームりりあ第二章っスよ! えいえい、オーッ!」

「オー!」


 よしひとにのせられて、ウチと紗凪は拳を上げる。


 ――そのときだった。


 あの、因縁の音楽が聞こえてきたのは。


『V・A・N・I・L・LA! バニラ! V・A・N・I・L・LA! バニラ!』


 それが耳に入った瞬間、ウチは本能的に身を竦めた。

 急いで、音のするほうを振り返る。


 すると、確かにピンクのトラックが道を走っていた。

 ただ、高校前を走っていたときとは違い、その速度はふつーにゆっくりだ。

 

 そ……そっか、渋谷だもんね、ここ。

 そりゃ、バニラトラックもあるよな……


 ウチは、安心する。

 あのスピードなら、歩道に乗り上げてくることもない。


「りりあちゃん、どうかした……?」


 紗凪がウチの顔を覗き込む。不安そうだった。


「いや、ごめん。ちょっとトラウマが……」


 答えようとしたその瞬間――


『バーニラ、バニラ、バーニラ求人! バーニラ、バニラ高収入〜!』


 ……いきなり世界が揺れた。

 縦横前後と大きく揺さぶられたかと思うと、ビルが、人が、仲間の顔が、斜めに舞い上がっていく。


 いや違う……ウチが落ちてるんだ。


 そう気づいたときには、頭に激痛が走ってた。


「りりあちゃん……‼︎」


 鋭い悲鳴が耳を裂く。でも、答える余裕はない。

 視界がグルグルと回って止まらない。


 激しい眩暈。

 吐き気と、頭が割れるような頭痛。


 そして、どこからか感じる、懐かしい匂い……


 かろうじて目を開くと、紗凪とよしひとと節子が、ウチを見下ろして声をかけているのが見えた。

 どいつもこいつも、心配そうな顔をして……紗凪なんか泣きそうだ。


 大丈夫だって安心させてやりたかったのに、体は動かないし、そもそも大丈夫なんかじゃないのは自分自身がわかってた。


 肉体と世界の境界線が、抵抗できない力で捻じ曲げられてく。


 この感覚は、覚えてる限り二度目だ。

 一度目は、あのトラックに轢かれたとき……


 次第に暗くなってく視界のなかで、ウチは泣き始めた親友に向かって、心で謝った。


 ごめんね。一緒に生きるって言ったのに、約束破っちゃうわ。


 ごめん、紗凪……ごめんね……



――  第7章 ブスは死ね  了 ――



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