第50話 美少女JKモデル、祈る②


 ウチは、彼女の瞳を観察する。

 人はいい奴なんだろう。悪意や邪気は感じない。

 でも、好奇心の光を隠しきれてるワケでもなかった。


「違う」


 ウチは押し付けるように否定する。


「あ、そうなんだ⁉︎ なんか声も似てたし、生駒さんもステージ降りちゃったから、てっきりそうなのかなって……」

「違う。よしひと、行くよ」

「あ、はいっス!」


 ウチはよしひとを引き連れて、教室前を離れてく。

 ウチの頭には、不満と疑問が渦巻いてた。

 今は、仲間以外の誰とも話したくなかった。


「……そういや、放送部は結局なんて言ってたの」


 ウチは、目的地もなく歩きながら、よしひとにきく。

 今日の午前中をかけて、よしひとが聞き取りをしてたのだ。


「あぁ、やっぱりなにも知らなかったっス。あの人たちは、ただ用意されてるファイルを開いただけ。フォルダのなかに『スライドより先に動画を開け』って指示書が入ってたから、それに従ったみたいっス。直前の変更もよくあるみたいなんで」

「あっそ……」

「それで、その動画ファイルあっしも調べてみたんすけど、ヒントがないんスよね。プロパティとかも全部消されてましたし」

「んじゃ、誰がやったかわからんってことね」

「はいっス」


 よしひとは相撲取りみたいな男子生徒の群れを回避しながら答える。

 ウチは不快さに鼻を鳴らした。


「まぁいいわ。どうせ節子か取り巻きの奴らのせいだろうし。アイツら締めればいいっしょ」

「でも証拠がないっスよ?」


 よしひとが不思議そうにきいてくる。


「別にウチら警察じゃないんだから証拠なんかいらん。殴ればわかる」

「相変わらずバイオレンスっスねぇ……でも、体格差でこっちがKOされるのがオチっス」

「じゃあ脅す」

「脅すったって、どうやって?」

「……ウチ、秘密知ってる」


 足を止めると、ウチは数週間前に目撃した光景をよしひとに耳打ちした。

 不良の巨大女が、まる子と一緒に密会してた件だ。


「あのヤンキーみたいな人と、まる子さんが?」


 よしひとは目を丸くした。


「そ」

「それは……意外っスね……」


 彼女は顎に指を置いて眉を寄せる。

 なにかしらを考えてるようで、しばらく待っていると、よしひとがポツリと呟いた。


「……ていうか、ブイチューバー暴露にアウティングで対抗するって、ゲスすぎっスね両者。コンプライアンスって知ってるっスか?」

「うるせぇよ」


 知らねぇけどさ。

 なに、こんぷらいあんすって。


「とりあえず、その情報はまだ隠しといてほしいっス。先に出すと対策されるんで」


 よしひとは、ウチにそう言うと、不意に前を指差した。


「ところで、これどこ向かってるんスか?」

「どこにも」

「なら、気になることができたんで先戻るっス。またっス、りりあさん!」


 彼女はくるりと身を返して駆けてく。

 その後ろ姿を、ウチは大声で呼び止めた。


「あ、ねぇ! アンタ、紗凪んちの住所知ってる?」

「書類作るときに聞いたんで知ってるっスよ。行くんスか?」

「うん。心配だし、学校終わったら行ってみる……」

「あとで送っとくっス〜!」


 軽快に答えて、よしひとは曲がり角に消えた。


 ウチは、スマホを取り出して時間を確かめる。

 昼休みも残りわずかだった。


 そのまま、今日何度も開いた紗凪とのチャット画面をもう一度見て、変化に気づく。

 メッセージのすべてに、既読マークがついてた。


 紗凪、見てくれたんだ……


 ウチは反応があったことにホッとして、続きを打とうとしたとき。

 紗凪のほうから文章が飛んできた。


 ――りりあちゃん。


 チャットのフキダシが一行増えて、画面が上に流れる。

 そして、続けてまた一行……


 ――たすけて。


 その瞬間、ウチの手は反射的に動いてた。

 通話ボタンに指が伸びる。

 チャットアプリの画面が変わって、呼び出し音が鳴り始めた。


 ウチはスマホを耳に当てながら、祈る。


 変なこと考えてんじゃねぇぞ……お願いだから……


 嫌味なくらい明るい着信音は、途切れることなく相手を呼び続ける。

 ウチは廊下を足で叩きながら待ったけど、結局紗凪が出ることはなく、電話は切れてしまった。


 戻ったチャット画面には、不在着信が残ってるだけ。

 すぐに新しいメッセージを送るけど、もう既読はつかない。


 ウチは、画面を切り替えてよしひとに電話をかけながら、自分の教室へ駆け戻った。


 放課後なんか待ってられない。

 今すぐ、行かないと――



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