第51話 美少女JKモデル、知る①


 五時間目をサボって電車に乗り、数十分。

 よしひとからきいた住所へ急ぐ。


 昼の気怠い車内で揺られる間も、ウチは気が気じゃなかった。


 あの引っ込み思案で遠慮がちな紗凪が『たすけて』と言ったのだ。

 それだけで、異常事態なのはハッキリしてる。


 紗凪の家の最寄り駅は、ギリ都内に位置してて、田舎みたいなのどかさが漂ってた。


 ウチは、先走る心を落ち着かせながら、バスに乗り換えて紗凪の元へ向かう。

 地図アプリが告げる位置情報が、ナメクジが進むみたいにのっそりと、紗凪との距離を縮めてく。


 十五分も乗ってただろうか。

 ようやく目的のバス停に辿り着くと、ウチはバスの出口を飛び出した。


 目的の住宅地は、そこから走って一分しない場所にあった。

 家と家の感覚が広くて、周りを田んぼに囲まれてる、なんか静かなエリアだ。


 その端にある一軒家に『生駒』と書かれた表札がかかってた。

 ウチは一呼吸おいて、その下のインターホンを鳴らす。


 ピーンポーン――


 返事は、すぐに返ってきた。

 大人の女性の声だ。


 ――はい?

「あの……私、紗凪さんの友達の山崎って言います。紗凪さん、いますか……?」

 ――あらっ! ちょ、ちょっと待ってね。


 慌てたようにインターホンが答えて、音が途絶える。

 代わりに、


「さなー! お友達来てくれたよ! 山崎さんだって!」


 家の中からくぐもった声が漏れ聞こえてきた。


 家に直接言って呼び出すこの感覚、小学生以来だな……と思いながら待っていると、玄関ドアがガチャンと音を立てて開いた。

 顔を出したのは、驚くほど紗凪にそっくりな美人だった。


「ごめんねぇ。うちの子、ちょっと今朝から部屋出てこなくて……」


 紗凪の母親なのだろう。

 目が覚めるほど美しいその女性は、小首を傾げて眉を下げる。

 そんな困った顔さえ瓜二つだった。


 もし紗凪と並んで動画撮ったら、美人親子として鬼バズることだろう。

 まぁ、この世界でやったら大炎上だけどさ。


「私、紗凪さんに呼ばれてきたんです。入ってもいいですか……?」

「え、あらそうなの? どうぞどうぞ、上がって。ちょっと汚いけど」


 紗凪のお母さんが、ウチをなかへ招くので、靴を脱いでフローリングに上がる。

 汚いとは言うものの、別に普通の、こじんまりとした家だ。


「えっと……どうする? 居間で待ってる? 出てくるかわからないけど……」

「あ、いや。紗凪さんの部屋ってどこですか? ちょっと話したくて」

「二階だよ。案内するね」


 そう言って階段をあがり始めた紗凪母の後についていく。

 母が足を止めたのは、一番奥の部屋だった。


 扉には『さな』と名前が書かれた札が下がってる。


「さなー、お友達来てくれたよー。……じゃあ、お茶いれてくるからね。返事ないかもしれないけど、お話してあげて」


 紗凪の母が、ウチにどこか疲れたように笑いかけて、階下に去ってく。

 多分、近頃は毎日、こんなやりとりをしてるんだろう。


 ウチは、緊張で喉を鳴らした。

 紗凪に電話をかけてからのチャットは、未だに既読がついてない。

 声のかけ方ひとつ間違えただけで、拒絶されてしまうかもしれない……


 ウチはひとつ深呼吸すると、覚悟を決めてドアをノックした。


 コンコン――。


「……紗凪?」

「優しいね、りりあちゃん」


 返ってきたのは、今まできいたなかでも一番弱々しい声だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る