第42話 美少女JKモデル、ガチでケンカ売られる①


 その日は風が強く、寒かった。

 太った生徒たちも、さすがにセーターを着たり、マフラーを巻いたまま外を歩いている。


「うっ……さぶ……」


 コンビニ袋を引っ提げたウチは、口元をマフラーで覆って、モゴモゴ呻く。


 元々ウチは、人一倍細い体で、人一倍寒がりだった。

 この世界に来たことで多少肉厚になったとはいえ、冷え性はそう簡単に治らない。


 掃除時間をサボるために外に出てみたけど、失敗だったな。

 そんなことを思いながら、玄関へ向かって歩いていると、


「生駒さん、かわいそうだよね」


 そんなセリフが特別棟の陰から聞こえてきた。女子の声だ。


「なんか、いいように使ってるらしいよ。パシリにしたり、奢らせたり、暴力振るったり」

「えぇ……」

「なんか、ミスコンも無理やりエントリーさせたんだって。引き立て役にしてるんじゃないかって」

「えー、自分もブスなのにね」


 嘲る調子はない。

 つまり、ウチに聞かせる気のない、正真正銘の噂話ってことだ。


 パシらせたり、暴力振ったりというので、最初は不良たちのことかと思ったが、この地獄耳に届いたということは、恐らくウチへの悪口なのだろう。


 全部根も葉もないただの嘘だ……無理やりエントリーさせたのだけはホントだけどさ。

 ウチは噂の発生源までまっすぐ足を運んで、

 

「ウチの話してんの?」


 いきなり顔を出してやる。


 そこにいたのは、普通の女子生徒二人だった。

 どっちも、りりあの会ったことのない人間だ。


 彼女たちは、突然現れた張本人に、目を白黒させた。


「あ、山崎さん……!」

「いやなんでもないよ」

「ウチは紗凪パシらせたことねぇし、引き立て役にもしてねぇんだけど」


 つか、どっちかというとウチのほうが引き立て役だ。


「そ、そうだよねー! 私たちも、話半分に聞いてたんだけどね?」

「三次選考頑張ってね! 応援してるから!」


 逃げるみたいに去ってく。

 ウチは、腰に手を当てて、その後ろ姿を見送った。


 正直、最近はこういう噂に慣れっこになってた。特に怒りも呆れも感じない。

 二次審査を勝利してからというもの、学内でのウチの評判はもうメチャクチャだった。


 ――アイツのせいで落ちた子が泣いてた。

 ――どうせ千代田さんに負ける。

 ――絶対応援したくない。


 その辺りが、アンチたちの言い分だ。

 ウチは全部スルーしてるけど、怒りを買ってるのはたしかだ。


 その一方で、応援者もその数を増してたけど、そっちはそっちで厄介だった。

 節子一強を嫌う奴とか、ミスコン自体が嫌いな奴らからも支持されるようになったからだ。


 んで、いつの間にかこの学校は、ウチ賛成派とウチ反対派に分かれて、勝手に激論が交わされるようになった。

 誰が優勝するかっつー話題から、ミスコンの存在意義なんていう頭痛くなりそうなことまで。


 よしひとが言うには、どうやらウチは、アンチなんとかとか、カウンターなんとかってのに祭りあげられてるらしい。


 よくわかんないって言ったらアンチなんとかの説明してくれたけど、そもそも祭りあげられるってのがわかんなかったんだよね。

 呆れられそうだから言わんかったけど。

 とりま、わっしょいわっしょい的なもんだと今は思ってる。


 つーわけで、ウチと紗凪が二次を通過したことは、色んな奴のプライドとコンプレックスを刺激したみたいで、歩くだけで、陰口と称賛が降り注いでくる日々になったってワケ。


 紗凪はそんな毎日にビビってたけど、ウチはぶっちゃけ、この荒れた状況が嫌いじゃなかった。

 だって、世界は今、ウチを中心に回ってるって感じすんじゃん?


「山崎りりあさん」


 不意に背後から呼びかけられる。


 妙にお高くとまった話しかた。

 嫌味ったらしいフルネーム呼び。


 そんなウザいことしてくる奴、ウチはひとりしか知らない。

 

 振り返ると、予想通りの人間が、ドブスな丸顔を風に晒して立ってた。



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