第48話 美少女JKモデル、理解する


 ウチの全身から、一気に血の気が引くのを感じた。

 心臓が縮み上がり、呼吸が苦しくなる。

 

 なんで……紗凪の配信が……


 ステージ上の紗凪は、背後のスクリーンを振り返って呆然としてる。

 今の状況が、理解できてないみたいだ。


 でも、配信上の紗凪は、ネットを介してやってきた客にぶりっ子キャラで相手し続けてた。

 まるで、体育館のどこからでも目に入る巨大画面を使って、彼氏に甘えてる現場を暴露されているみたいに……


 ――え、かわいい? ありがと〜っ♡ なになに? 現実で会っても絶対いい女? え〜、やだ、恥ずかし〜っ!


 渋柿トメとファンが織りなす甘いやりとりに、次第に、クスクス、という笑い声が客席から上がり始めた。

 突然の事件から観客は我に返りだし、その清楚な声から映像の意味を理解してく。


「え、これ生駒さんだよね……?」

「いやキッツ……」


 アリーナのあちこちで、小声の嘲笑と侮蔑がザワザワと大きくなっていく。


 ウチはようやくこの事態に、悪意を感じ取った。

 これは、間違って流れたなんてもんじゃない。

 しっかり計画されたものだ。


 紗凪を……潰すために……


 ようやくハッと気づいてウチが紗凪の元へ向かったのと、紗凪がステージを駆け降りたのは、ほぼ同時だった。


「紗凪!」


 思わず叫んでたけど、遅かった。

 紗凪は体育館横の扉を開け放つと、夕暮れに染まる屋外へ消えてった。


 当人がいなくなった壇上でも、配信は止まる気配はない。


 ウチは怒りに任せて、放送部のいる場所へ駆け込んだ。


「おい! お前らなにしてんだよ!」


 黒いTシャツに身を包んだ彼らは、パニクった様子でウチを振り返る。


「いや、僕たちは指示されたファイルを開いただけで……」


 その顔には、困惑してる色が見えた。

 彼らにとっても、予想外だったのだ。

 

 アリーナから袖に繋がる扉が開いて、駆け上がってくる足音があった。

 よしひとだった。


「映像止めてくださいっス! 今すぐ!」


 彼女の指示で、放送部は正気に戻ったみたいに卓上のパソコンを叩いた。

 その瞬間、スクリーンとスピーカーは事切れ、沈黙する。


 残ったのは、聴衆のざわめきだけ――


「これはマズイっスね……」


 よしひとが腕を組んで唸った。


「マズイどころじゃねぇだろ! 誰だよあんな動画流しやがったやつ」

「いや、動画そのものじゃなく、紗凪さんが逃げたことがマズイっス。あれじゃ、自分だって証明したようなもんスよ」

「……」


 未だに騒がしい現場に向けてMCがマイクで話し始めるのが聞こえてくる。

 紗凪が最後の候補者だったので、これで閉会するつもりみたいだ。

 多分、こんな終わり方は誰も想定してなかっただろう。

 客が狼狽えてるのが伝わってくる。


「とにかく、事が既に終わってしまった今は、紗凪さんをまず探すべきっス」

「そうだ、紗凪……」


 ウチの頭に、会場の外へ逃げていった紗凪の後ろ姿が掠める。


 今、あの子はどんな想いをしてるのだろう。

 たったひとつの秘密を晒されて……


 ウチはいてもたってもいられなくなって、舞台袖を駆け降りる。


 アリーナでは、MCの生徒がイレギュラーな事態をなんとか繋ぐなかで、観客たちが投票用紙に本選出場を望む生徒の番号を記入してた。


 他の候補者は、その光景を心臓を高鳴らせて見つめているのだろう。

 ウチらの困惑や不安なんか、どこ吹く風で……


 紗凪が出ていったのと同じ扉からウチは外に飛び出した。

 続いてよしひとも駆け出てくる。


 見える範囲に紗凪の姿はなくて、行き先は……ノーヒント。


「よしひと校舎行って! ウチは外探すから!」

「わかったっス!」


 よしひとはウチの指示に従って建物内へ駆けてく。

 ウチも、校庭へ向けてがむしゃらに走り出す。


 校庭には、人がほとんどいなかった。遠くに運動部が部活してるだけだ。

 

 ウチが走る間、脳内には真っ黒な怒りが渦を巻いてた。


 やっぱりクズばっかだ、この世界は……

 紗凪が……なにか悪いことしたのかよ……!


 ウチは、広い校庭に見慣れた背中がないか探す。

 十一月の太陽はすでに沈みかけてて、世界は黒いセロファンで透かしたみたいに薄暗くなってきてる。


 視界が悪くなってきてる……早く見つけたい……


 焦って中心部に顔を向けたそのとき。

 丸い塊が一瞬で近づいてきて、ウチの顔面にぶつかった。


「ぇぅぶ――ッ!」


 思わず尻餅をつく。


「うわっ、すんませーん‼︎ 大丈夫すかー⁉︎」


 遠くから男の声が聞こえてくる。

 薄目を開けると、ウチの前には弾んだサッカーボールがあった。


 クソ、よく見えなかったから避けらんなかった……つか、タイミング悪すぎ……


 土に汚れたまま立ち上がって、ヒリヒリと痛む顔を袖で擦る。


 そんなウチの様子を、偶然通りかかったっぽい女子たちが見てる。

 その集団から、この世界で何度も聞いた音が聞こえてきた。


「ぷっ……キモ……」


 その瞬間、ウチはキレるでも泣くでもなく……感電したみたいに、理解した。


 いつか机に入っていた脅迫文の内容が、文字とか紙の質感とかまで含めて、浮かんでくる。


 ――三次選考を辞退しろ。無視すれば悲劇が起きる。


 ウチは、一歩も動けなかった。


 ……そうだ。紗凪が悪いことをしてないってのは、正しいんだ。

 イジメられはしてたけど、誰にでも親切で優しい紗凪が、こんな陰湿な攻撃されるのは、どう考えたって変だ。


 なら、どうして紗凪にあんな『悲劇』が降りかかったのか。

 答えは、ひとつしかない。


 ウチの友達だからだ。


 あれは……ウチへの見せしめだったんだ。


 ウチが色んな人間の恨みを買ってきたせいで、あの子が被害を受けたんだ。

 みるみる暗くなる空に向かって、ウチは歯を食いしばった。


「原因は、ウチか……」



―― 第5章 夕暮れと下剋上、そしてサッカーボール  了 ――



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