学校1ブスの山崎さんが「ウチは美少女だ!」って暴れ始めた……

伊矢祖レナ

プロローグ 転生前

第1話 美少女JKモデル、ガチでバニラに轢かれる


 窓の外には、ゲリラ豪雨に打たれる校庭が見えた。

 サッカーゴールと陸上トラックが遠くに見えて、生垣の葉っぱが濡れてる。


 焦点を間近に戻すと、窓に映る自分と目が合った。


 どんな髪型でも似合う最強の小顔。

 完璧な比率の鼻と唇。

 盛れすぎてる涙袋。


 そんな美少女がウチを見つめ返す。


 やっぱウチの顔面、ガチで超綺麗……今日もビジュ完璧……

 爆盛れすぎてて実は女神説あるわ。


「んであるからして、ここに代入をすると……」


 教室の前では、先生が一人で怪音波を放ってる。

 あんなん理解できる奴がいるなんて、信じらんない。宇宙人かよ。

 

 とりま人類のウチは、いくら見ても見飽きない自分の顔と睨めっこしてるうちに、教室のスピーカーからチャイムが流れ始めた。

 ようやく教室とかいうサイテーな場所から解放される時間だ。


「あ゛〜! クソダルかった〜!」


 チャイムの直後、ウチは伸びながら叫んだ。

 夏休みちょ〜チルかったから、クソつまらん学校のギャップがガチでしんどい。

 二学期、マジ鬱。


「わかる〜、マジしんどいよね」


 ざわつく教室のなかから声が聞こえてくる。

 振り返ると、ゆあがウチの隣で共感するみたいに頷いてた。


「いやしんどいとかいうレベルじゃねぇし。もうガッコに火つけて燃やしたろかなって感じ」

「ナハハ! 放火魔じゃん」


 ゆあってのは、ウチと二年間同じクラスで、つまり、まあまあのダチのギャルだ。

 親友じゃないし話も合わんけど……まぁ、暇つぶしの相手的な? そんな感じ。

 

「でも、今日のりりあ、めっちゃ真面目だったじゃん。ちゃんと静かにしてたし」


 ウチは鼻で笑う。


「いや、ウチがあんなイミフな話聞いてるワケなくない? 窓に写ってるウチの顔良すぎって思ってただけだわ」

「やばw りりあ自分のこと好きすぎっしょ。いやでも、りりあの顔がいいのは反論できん」

「は? 当たり前だろ。こちとら現役のJKモデルだぞ。舐めんなブス」

「ウッザw」


 休み時間になって、教室には、ざっと三十人ちょいのガキが立ったり座ったりしてる。


 右から、普通のブス、雰囲気だけのブス、ただのブス。


 どいつもこいつも、カースト最上位のウチの目を覚ましてくれるような顔面はしてない。


 夏休みはあんなにフェス通いでパリピってたのに……なんで冴えないガッコなんか来なきゃなんないのか……

 あ〜、学生時代うぜ〜。マジ二学期空気読めよ〜。

 

「はぁ……ウチ、トイレ行こ」

「あ、アタシも行く〜」


 ウチらは二人で連れションに立ってもそのままの勢いで愚痴り続ける。


「ホント耐えらんない。なんのためにあんの、学校って? 誰も求めてないでしょ」

「いやマジでそれな〜」

「ここ最近、夏休み戻りてーってしか考えてねぇわ。つか教師もクラスの奴らもウザすぎ。なんであんなに揃いも揃ってダセェの?」

「わかりみが深すぎる。夏休み戻りてー」

「それなー」

「つか家帰りてー」

「もう帰んべー」


 ゲラゲラ笑ってると、急になにか重くて硬いものに肩がぶつかった。


 思わずよろける。


 イラっとしてそっちを見ると……そこには分厚い肉の塊が歩いてた。

 ウチの肩にぶつかったのは、信じられないくらい横にでかい、クソデブ女だった。

 

 そのあまりのブスさにウチが動けないでいると、そいつの分厚い唇から、蚊が飛ぶみたいに小さい声がした。


「すいません……」


 そして、女は去っていく。

 廊下を歩いては、誰かにぶつかって謝っている。

 でかい図体を極力縮めようとしてるけど、無駄すぎる努力だ。


「あ? なにアイツ」


 その後ろ姿を睨みながらウチが漏らすと、ゆあが隣で、


「ドラムのこと?」

「ドラム……?」

「うん。最近転校してきたやつ。クソブスだよね」

「クソブスっていうか、バケモンじゃん。これまでウチが見てきたなかでも、ブス第一位だわ」

「わかる〜。救いようないよねアレは」


 ゆあが頷く。

 ウチは、さっきぶつかられた肩を払いながらゆあに聞いた。


「つか、ドラムってなに? 本名?」

「本名なワケなくねw あだ名だよ。アイツの体、ドラム缶にそっくりだよねっつってドラムになった」


 ウチは思わず吹き出す。


「ギャハハッ! なにそれ最高なんだけど! 誰がつけたの?」

「そりゃ瀬田ちゃんよ」

「やばw︎ センスあるわあの子!」


 ウチらがゲラゲラ笑う間、ドラムのデカい図体は、まるでウチらの笑い声から逃げるように、廊下の奥へ去っていく。

 ウチは、そんな後ろ姿を眺めながら、

 

 ――アイツ、ちょうどいい暇つぶしになるかもな。

 

 なんて思ってた。


 近い未来、この女がうちの人生をぶっ壊すなんて知らずに。



   ◇



 事件は思いの外早いうちに起きた。


 ドラムにぶつかられた数日後。

 その日も、かったるい授業を自分の顔を見て過ごしたウチは、昼休みには鞄を肩に引っ掛けて正門に向かってた。


 放課後に、読モの仕事が入ってるからだ。


 周りに崇められる上に、合法で授業フケられて、しかも金になるとか、モデルって最高。

 マジ美少女って、人生イージーだわ。


 その日の天気は、変な空模様だった。

 雲は爬虫類みたいにヌメヌメ動いてるし、日差しは、漂白剤ぶっかけたみたいにちょ〜白い。

 周りに人がいないからか、妙に世界が静かで、非現実的だった。



 ……このときにウチは異変に気づくべきだったのかもしれない。



 5限開始を告げるチャイムを聞きながら優雅に体育倉庫の脇を抜けようとした、そのとき。


「なんとか言えよオイッ!」


 物騒な文句が、静けさを破って飛んできた。

 女の罵声だ。

 誰かが揉めてるらしい。


 ウチはそういう修羅場が大好きなので、声のする倉庫裏に近づいてみると、それは思いがけず大きな集団だった。


 複数の女が円を作って、誰かを囲い込んでいる。

 円の一箇所には、ゆあもいた。ていうかゆあが中心人物みたいだ。


 般若のお面みたいな表情で、囚われの人間を睨みつけてるからすぐわかる。

 アイツがあそこまでキレる場合、まず間違いなく男絡みだ。


「ウケる。相手誰だろ」


 首を伸ばして眺めてみると、円の真ん中で責め立てられていたのは……ドラムだった。


「え、なんで?」


 ウチは少し驚く。

 

 囲んだ女全員をすぐにでも押し倒せそうな図体をしてるドラムが、ゆあの男に手を出せるとは到底思えない。


「なにしたんアイツ……」


 ウチが流れを捉えきれずにいると、ゆあは、ドラムを思いっきり見下しながらヒステリックに吠えた。


「お前、アレがウチの男だって知ってたよなぁ⁉︎ 喧嘩売ってんの⁉︎」

「わ、私は本当に……キ、キーホルダーなんて……あげてないです……落ちてたから……渡しただけ……」

「あぁ? しらばっくれんなよ!」


 鋭い蹴りが腹に飛ぶ。


「うッ……うぅ……」


 キーホルダー?

 その一言で、パズルのピースがハマった音がした。

 大体分かったわ。順番はきっとこう。


 1、ゆあのカレシが多分どっかの女にもらったキーホルダーを落とす。ゆあの彼氏は女癖最悪だし、よくものを落とすかんね。

 2、ドラムが親切心で渡す。

 3、その様子をゆあが目撃してキレる。


 ウチは吹き出した。

 ウケる。

 ゆあ、マジで男見る目ないよね。前もこんなことやってたでしょ。

 つか、ドラムもブスなんだから渡さなきゃいいのに。

 

「あれ、山崎さん? どしたん?」


 取り巻きのひとりがウチに気づいた。

 ちょいダルいなと思いながら、ウチは仕方なく顔を出す。

 仕事の時間には余裕あるんだけど、ヒスなゆあに付き合うのは結構めんどい。


「りりあ! どう思うコイツ! ブスのくせにウチのカレシに色目使ってんだけど」

「あ〜、そりゃクズだね」


 早速ヒスってくるゆあを適当にやり過ごしながら、足元のドラムを見ると、それは恐怖に体を震わせてた。

 カースト上位に囲まれて縮こまる姿は、まるで屠殺される前の豚だ。


「本当に……やってないんです……山崎さん……」


 蚊の鳴くような声でウチに助けを求める。

 多分、ウチをゆあを止められる親友枠とでも思ってるんだろうけど。


 その小さすぎる目に……

 ウチのほうもカチンときた。


「……なに気安くりりあの名前呼んでんだよ」


 ウチはその土に汚れた顔を思い切り蹴り飛ばした。

 身をすくめて、蹴られた側面を驚いたように押さえるドラム。

 その目の前に座り込んで、ウチはドラムの髪を引っ掴んだ。


「い、痛……ッ!」

「やったのかやってねぇのかはどうでもいいけどさ。ブスがウチに話しかけていいと思ってんの?」

「す……すいませ――」

「つかさ、ドラムさんって、なんで生きてんの? ブスが生きてても誰も喜ばないよ? 周りを不快にするだけなんだから。なんですぐに死なないの?」


 取り巻きも、ゆあすらも、ウチに引いてるのを感じる。

 でも、雑魚どもの反応なんか関係ない。

 ウチの怒りは収まらない。


「ブスは死ね」

「ごめんなさい……」

「ブスは死ね」

「生きててごめんなさい……」


 ドラムは泣いてた。

 その顔はただのグロ画像だった。

 マジでなにしてもブスはキモいな。

 

 間近に見てるのもキツくなって、ウチはドラムの髪を離して地面に落とす。


 そうして立ち上がると、ドラムの横に転がってる鞄が目についた。


「鞄じゃん。コイツの?」

「そう。なんか早退する気だったらしい」


 ヒスがウチに潰されたゆあが気の抜けたように答える。

 んじゃ、ドラムはウチと同じ時間に帰ろうとしてたってことか。余計最悪。


「ふーん……マジきもいね。んで、なにこのお守り」


 鞄の横についた赤いお守りに視線がいく。

 

「合格祈願?」


 ウチがそれを手に取った瞬間、ドラムの顔色が変わった。


「それはダメ……! それは……お母さんがくれたものだから……」

「……へぇ」


 そのときのウチはどんな顔をしてただろう。

 ドラムが手を伸ばす先で、ウチはそれを思い切り踏みつけてた。


 足を上げると、土に汚れたお守りが現れる。ドラムの顔は真っ青になってる。

 ようやく、胸がスッとした。


「さ、そろそろ仕事の時間だわ。みんな、じゃね〜」


 ドラムと円形の女子連中を置いて、ウチは倉庫裏を後にした。


 トツトツトツと、誰もいない正門前にローファーの靴音が反響する。

 再び、胃がムカムカしてくる。


 あー、気分悪い。

 やっぱブスって嫌いだわ。

 無価値だし、キモいし、イラつくし。


 ウチはようやく門から学校の敷地を出る。


 閑散とした住宅地は眠たげで、平穏そのものだった。

 ウチはスマホ画面を見ながら、高校前の道路を横切る。


 その時だった。


 遠くから、やけに聞き覚えのあるハイテンションな音楽が聞こえてきたのは。


『バーニラ、バニラ、バーニラ求人! バーニラ、バニラ高収入〜!』


「あ……?」


 ウチは耳から入ってきた情報に困惑した。

 ここ、高校前だぞ?


 思わずスマホから顔を上げる。

 それだけで――精一杯だった。


 なんで、教育施設にふさわしくないランキング上位の車がこんな場所を走ってたのか。

 なんで、高速道路並みの速度で走ってたのか。

 なんもわからんけど。


 たった一瞬。

 ピンクのトラックが迫っていると気づいたときには、ウチの体はそれの真正面に叩きつけられてた。


「ぐぶゅっ……」


 カエルが潰れたみたいな声が、うちの肺から漏れる。


 全身を襲う、到底受け止めきれない衝撃。

 ガラスが耳元で割れるけたたましい音。

 たくさんの骨がポッキーみたいに折れていく感覚。


 熱い……苦しい……痛い……!


 灼熱の痛みが全身から脳みそに襲いかかって。

 今までの人生を振り返るような暇もなく。


 ウチの命は、バニラトラックによってあっさりと奪われてしまった。








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